帝釈の柔和心と悪鬼
挨拶をしても無視するってどういう心根なんだろう、と親しい知人から愚癡が寄せられた。
まぁ挨拶は最低限のコミュニケーションだよね。そう言うヤツはケシカランね、と同調しかけたが、どこかで読んだ説話を思い出して、大人の対応が宜しいよ、と助言して分かれた。
説話説話、帝釈天と小鬼が出てきたはず、あれはなんだったかなーーー?
と探す所が色々有るので大分手間取ったが、やっと見つけた。
それが上記URLの説話「帝釈の柔和心と悪鬼」である。

chatGPTはこんな絵が描けるんだね(゚Д゚)
「鏡に映った自分の姿を見て威嚇する大型犬のイラスト」で得た画像。
止観の四七に云く、帝釈堂の小鬼の敬い避くが如し已上。健抄二〇の四十一に云く、天帝、得勝堂に於て行法の時、禿の小童有り。忽然として来たり天帝の傍らに踞(おご)れり。帝釈瞋て問う、汝は是れ何物ぞ、彼、敢えて答えず身を前の倍にならしむ。天帝なお瞋って問う。彼また前に倍せり。天帝因んで魔の所行と知り、敢えて諍う心なく柔和の心に住す。この時彼の者其の身を稍やや減ず。天帝なおまたその心を柔和にす。時に彼、下の如く小身に復せり。天帝を敬って避く。云々 只彼を破らんと欲さば却って応に障せらるべし。故に専ら心を和し、彼を助けんと思うべし云々 (薬王品病即消滅談義 歴全四―四六六)
https://honshubou.main.jp/gazo/rz/rz040466.gif

コメント