感謝の心を忘れずに  ぼくは生まれつき両足に障害を持っています。先天性両足内反足症といって、足首から下が内側に曲がっている病気です。生まれて二週間目から足の治療か始まりました。ぼくの足の状態はとても悪く、大学病院の先生から「この先、最新の治療をしていきますが、どこまで元の形に戻せるかは今のところは判りません。もしかしたら歩けるようになるのも難しいかも知れません一と言われ、お母さんはあまりのショックに言葉も出なかったそうです。治療は最低でも中学を卒業するまでかかるということをご住職様にお話すると「たくさんお題目をあげてください。絶対に足は治ります。ご本尊様を信じて唱題をしてください」とご指導していただきました。  ぼくは六人兄弟です。家族で唱題するときはぼくの足が早くよくなるようにとお題目を唱えてくれました。ぼくが一才になったときに、両足を外側に向ける手術をしました。手術は七時間位かかりました。ぼくが手術室から出て来るまでの間、ご住職様と法悦院のみなさんがお寺や自宅で唱題をしてくれていたそうです。  入院は二ヵ月と言われていましたが、ぼくの体調もよく足に負担がかからないようにすれぼ大丈夫と言われ、三週間で退院できました。手術後の状熊もよく、少しずつ歩くことができるようになりました。四才になった時には保育所に通えるようになりました。このころにお姉ちゃんと遊んでいて右足を骨折してしまいました。このけがが元で、また手術をすることになりました。元々右足は左足より骨が短かったので。かかとの骨をのばすために重い機械をつけ、治療が始まりました。この時も二力月の入院と言われていましたが、経過もよく、自宅での治療を勧められ、一ヵ月で退院できました。退院してからは車イスの生活になりましたが、お寺の行事なども参加することができました。手術後リハビリを続け、ふつうに歩けるようになり小学校もみんなと同じ学校へ通えることになりました。  小学生になったら鼓笛隊に入りたいと思っていました。ぼくのお姉ちゃん二人が鼓笛隊で演奏をしているのを見ていたからです。お母さんは、足の病気のことで迷わくがかかると思い反対していました。でもぼくはどうしても鼓笛隊に入りたかったので、ご住職様に相談して入隊することができました。今年三月の春季総登山会でいばら城地方部はパレードに参加しました。ずつと希望していたバスドラムで演奏ができたのでとてもうれしかったです。ぼくは六年生になったら、両足の手術をすることになっていたので、鼓笛隊での演奏はこれが最後だと思い一生けん命がんばりました。  四月四日、病院に行く前にお母さんと一時間唱題をしました。お母さんは「H樹、大丈夫だよ。絶対にご本尊様がお守りしてくださるから何の心配もいらないよ」と言つてくれました。検査も終わり結果を待っている間もぼくは心の中でお題目を唱えていました。名前が呼ばれ、先生の話を聞いてぼくはびっくりしてしまいました。「足の状態がとてもよく、手術の必要はありません。この先の治療も必要ありません。けがには十分気を付けて生活してください」と言われました。ぼくはご本尊様に感謝の気持ちでいっぱいになりました。  次の日にご住職様に足の事をお話しました。ご住職様はとても喜んでくださいました。ご住職様は「ご本尊様に感謝してください。この御恩をお返しするのは折伏をすることです。今までH樹の事を心配してくれたみなさんに感謝をしてください」と言ってくださいました。  歩くことも難しいと言われたぼくが今こうして元気でいられるのも、信心をさせていただいているから、ご本尊様が守ってくださるからだと思います。そしてぼくの事をいつも心配してくださるご住職様や家族、お寺のみなさん、鼓笛隊のみなさんへの感謝の気持ちを忘れずに、これからも朝夕の勤行・唱題、お寺への参詣、ご登山、鼓笛の練習、そして一人でも多くの人に日蓮正宗のお話ができるようにがんばっていきます。ありがとうございました。 法悦院支部 (茨城県取手市) 六年生S山H樹くん 大白法H250801より ---- {{category 体験,病気平癒,か}}