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前判後判

前判後判

 概要

前判・後判(ぜんはん・ごはん)とは日蓮大聖人の仰せで、
「譬へば世間の父母の譲りの前判・後判のごとし。はた又、世間の前判・後判は如来の金言をまなびたるか。孝不孝の根本は前判・後判の用・不用より事をこれり」
(法門申さるべき様の事427
とある。例えば前後する遺言状が複数有った場合、採用されるべきは最後の遺言である。
これと同じように、釈尊の説法も最後に説かれた法華経こそ釈尊の真意であるという道理である。
(涅槃経が最後の説教ではあるが、涅槃経自身に法華経が最も勝れていると書かれてある)
さて、日蓮大聖人の御化導にこれを当て嵌めるなら、一番最後の御書は身延相承書である。
そこに何が書かれてあるか、
「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。」
1675
(日蓮大聖人の後継は日興上人であり、日興上人に背く者は非法の悪人である)
とある。即ち御書根本と称し日蓮大聖人御書に忠実であれというならば尚更日興上人以下御歴代上人に伝持される唯授一人の血脈を信奉すべきなのである。

[教義,]

最終更新時間:2019年08月20日 19時32分06秒