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能施太子の変更点

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 仏教説話  能施太子
!!!  能施太子

 お釈迦様の本生譚(ほんじようたん)・つまりお釈迦様が仏様としてこの世に生まれる前に精進波羅蜜(しようじんはらみつ)の修行を積まれていた時のお話の一つに能施太子(のうせたいし)の話があります。
 この能施太子は一国の王子として生まれましたが、よく施すことを喜びとし、この施すことを機縁として人々に仏法を説こうと思っていました。しかし父王を説得し国庫を空っぽにしても、限りある財物では到底全ての人々を満足させることが出来ないことを嘆いていましたところ、欲しいモノは何でも、好きなだけ生み出せる如意宝珠(によいほうじゆ)という珠(たま)の存在を知りました。
 その珠は海に住む竜王が持っていたので、能施太子は様々な難関を乗り越えて竜王の所へ行き、その如意宝珠を貰いました。※1
 能施太子はこれで、この如意宝珠で人々が欲しがる物を好きなだけ取り出して与えられると喜びました。しかし能施太子が去った直後、竜王は家来に説得されて心変わりして、能施太子が帰途寝ている所を狙い、如意宝珠を奪い返してしまいました。
 怒った能施太子はこれを取り返すべく、海の水を亀の甲羅で汲み上げ始めました。
 海の神はその様を見て、全人類が総力を挙げても海の水を汲み出すことは不可能だ、況んやお前はたった一人でその小さな器で海の水を汲み干せるなどと思っているのか、と問います。
 能施太子は、

若(も)し人 至心(ししん)にして作(な)す所(ところ)有らんと欲せば、事(こと)弁ぜざるなし。我(われ)此(こ)の宝を得るは当(まさ)に用(もち)いて一切の群生(ぐんじよう)を饒益(にようやく)しこの功徳を以て仏道を求めんとするなり。我が心、懈(おこた)らずんば何を以て能(あた)わざらん

といい放ち、人々を救うために如意宝珠を取り返すのだ、叶わぬはずはない、と只ひたすら海水を汲み上げました。
 能施太子の、全ての人を救いたいのだ、との遠大な志と一歩も引かぬ精進(しようじん)の姿を見て、帝釈天をはじめ諸天善神(しよてんぜんじん)が力を貸してくれまして、共に海の水を掻き出し始めたので海の水はみるみる少なくなっていきました。
 そしてついに竜宮城(りゆうぐうじよう)が露(あら)わになってきますと、これに慌(あわ)てた竜王は前非(ぜんぴ)を悔いて如意宝珠を能施太子に返し、能施太子は誓願を果たした、ということであります。
意訳参考:大日蓮1987年.txt /大智度論 / 賢愚経(国訳一切経・本縁部247)
http://www.geocities.jp/tubamedou/Daichidoron/Daichidoron11-20/Daichidoronn12b.htm#菩薩の布施は毘利耶波羅蜜を生じる

※1何故竜王があっさりと大切な宝珠を太子に渡したか、についてはまた一つエピソードがあります。実は能施太子の前世はこの竜王の子供(即ち竜)だったのです。竜と金翅鳥(こんじちょう)は天敵同士で、竜は金翅鳥の雛を食べるし、金翅鳥は竜の子供を食べます。前世から人に施す事を喜びとしていた能施太子(当時は竜の子供)は我が身を金翅鳥に与えて絶命したのでした。竜王は神通力を持っていますから、目の前に現れた能施太子が、先に亡くなった我が子の生まれ変わりであると見抜いたのでした。(経典には竜王の妻は能施太子を見た瞬間母乳が溢れ出たと記述しています)
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本種坊だより201505掲載
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