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法華経の変更点

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法華経(ほけきょう)

法華経とはお釈迦様が本当に説きたかった教えを説いたお経である。これを随自意(ずいじい)という。すなわちお釈迦様自らの意に従って説いた教えという意味である。
一方、この法華経以外の教えは随他意、つまり他の人の意に随って説いた、方便の、真実でない教えということである。
故に法華経は全てのお経の中で最も勝れている。
書物の形としては8つの巻物で出来ている。(下図参照)全部で28品(ほん)のお経から構成されている。このうち癸欧諒便品(ほうべんぼん)と癸隠兇亮量品(じゅりょうほん)が重要ということで日蓮正宗僧俗は朝夕の勤行で読誦している。
方便品には「誰でも仏になれるんだよ」と説かれてあり、寿量品には「実はお釈迦様はインドに生まれて初めて悟ったんじゃなくて、五百塵点劫という遙か遠い昔から人々を導いてきたんだよ。」と書いてある。一念三千という法義が説かれてあるから法華経は大切なのだ、と大聖人は示されています。
しかしこの一念三千という法義の名はお経中のどこにも載ってない。
中国の天台大師が法華経の意を言い表した語ですが、これは南無妙法蓮華経によって顕される因果倶時不思議の一法なのであって、日蓮大聖人の仏法の範疇に入る事柄なので、日蓮正宗の信心を知らずにただ、独学で闇雲に法華経を読み尽くしたとしても、決して得る所はないのです。 
御書にいわく

 此の法華経は知らずして習ひ談ずる物は但爾前経の利益なり。
(一代聖教大意[98|http://honshubou.main.jp/gosho/0098.htm]頁)

なお、お釈迦様の寿命は80年で、19歳で出家してお坊さんとなり、30歳で悟りを開き、80歳でご入滅になられました。ですから仏様としての教化期間は80ひく30で50年間です。
50年間の内訳は華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五つの時期に分類でき、下記のような内容で説法がなされました。

華厳:別世界で高位の菩薩らに教えた( 21日間)
阿含:人間界で教団を作り弟子らに戒律(小乗教)を説いた( 12年間)
方等:小乗教(自利)を破折し大乗教(利他)を勧めた(8年間)
般若:空を説き妄執を破れと教えた( 22年間)
法華涅槃:方便を交えず仏の本心を説いた(8年間)

(!重要)法華以前の教えは法華を説くための方便

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法華経は最初霊鷲山という山で説かれましたが、上図にあるとおり、多宝塔が現れてからは聴衆と共に虚空、つまり空中に浮かび上がって、説かれ、嘱累品で一切の人々へ付嘱がなされると、再び地上に戻って以後の説法がなされました。
迹門・本門というのは、お釈迦様がインドに生まれてから難行苦行の末悟りを開いたという「始成正覚」の観点に立つものが迹門であって、これは法華経の中でもまだ方便を交えていることになります。
一方、従地涌出品から始まる本門においては、神々しい数多の地涌の菩薩が登場し、実はお釈迦様はインドに生まれるはるかずっと昔から人々を導いてきた仏様であるという「久遠実成」が明かされます。
これは迹門よりも一歩深い立場に立つことになります。
しかして、お釈迦様は久遠、つまり「ずっとはるか昔」に成仏した。のであって、最初から仏様だったわけではない事が分かります。
その最初の仏様が仏様になる為に修行されたのが「南無妙法蓮華経」なのだ、と私たちに教えて下さっているのが日蓮大聖人様なのです。
日蓮大聖人様は命がけで法華経を弘め、法華経に書かれてある通りの諸難、特に一度ならず流罪に処されるなどの難に遭われ、かつ竜の口では不思議な光り物の飛来によって斬首を免れ、また生還するものは居ないとされていた佐渡への島流しから戻られました。このような御生涯をもって法華経を身で読んだ、法華経を体得なされた、大聖人様は法華経の主となられた、と拝するのです。

ですから、現代のにおける法華経とは六万九千三百八十四字のお経ではなく、日蓮大聖人様の説かれた教えを信じ行ずることが、法華経を読むこととなるのです。

日蓮大聖人の教えの最たるは何か、と極論すれば、それは、「血脈の次第 日蓮 日興」と示された御遺言、二箇相承です。
即ち、日蓮大聖人の教えの一切は唯授一人の血脈相承によって、大石寺の歴代御法主上人を通じて、現代の私達にまでもたらされているのです。
故に、法華経を、読まんとすれば、大石寺に帰依すべし、であります。

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