!!!良医病子の譬 たとえばね――、 むかしむかし、ある国にとても偉いお医者さんがいました。その人はとてもたくさんの薬に詳しくて、どんな病気でも治すことが出来ました。 さて、そのお医者さんには十人、二十人、いえ、もっと沢山の百人くらいの子どもが居ました。ところが、このお父さんであるお医者さんは、遠くの国に行かなくてはならなくなって、子ども達に留守番をさせて出かけていきました。 その留守中のことです。百人くらいの子どもたちが、毒薬を飲んでしまいました。毒はたちまちに体に回って子ども達は次々と地面にのたうち回りました。 その時、他の国からお父さんが帰ってきました。毒を飲んで苦しんでいる子ども達の中には正気では無くなって右も左も分からなくなってしまった子もいれば、かろうじて正気を保っている子もいました。 お父さんはどんな病気でも治せる名医です。症状の軽かった子ども達はお父さんを見て 「僕たちは間違って毒を飲んでしまいました。このままでは死にそうです。どうか治して下さい。そしてもう少し生きながらえさせて下さい!」 と頼みました。お父さんである名医はこの有様を見て、すぐに薬草を選んで色も香りも勝れた大良薬を調合しました。そして、 「この色も香りも勝れた大良薬を飲めばすぐに苦しみがとれるから飲みなさい」 と言って飲ませました。正気を失わなかった子供達はすぐさまこの大良薬をのんで元気になりました。 けれど問題は、正気を失って右も左も分からなくなってしまった子ども達でした。この子達はお父さんが帰ってきたことを喜びましたが、せっかくお父さんが作ってくれた薬も「もしかしてこれは毒なんじゃないか」「まずいんじゃないか」と疑って飲もうとしません。 お父さんはこれをみてこの子達を哀れに思いました。毒が体中に行き渡って、飲めば治るのに、この大良薬を飲もうともしない・・・どうしたらこの子達にこの薬を飲ませることが出来るだろうか。。。 そしてお父さんはあることを思いついてこう言いました 「みんな、良く聞きなさい。私はまた他の国へ行かなければならなくなった。私は見ての通り老いぼれて、もうすぐ死ぬかもしれない。でもたとえ私が死んだとしても、この薬を飲めばお前達はきっと元気になれるのだから必ず飲みなさい。いいね、今この薬をここに置いておくから、効かないなんて思わないでくれ」 そうしてお父さんは家を出て行きました。 しばらくして、子どもが留守番をする家に見知らぬ人が訪ねてきて、 「お父さんが他の国でお亡くなりになりました」 と伝えてくれました。これを聞いた子ども達は大変びっくりしました。お父さんが居てくれたら、僕たちを治してくれたろうに、僕たちを置いて余所の国で死んでしまった。 ボク達はもうひとりぼっちだ。お父さんの代わりに頼りになってくれる人は誰もいない。 そうしてみんなで泣いていると、お父さんが家を出る前に残していった大良薬を思い出しました。正気を失った子供達はこれを飲んでみようと思いました。 そして手にとって、飲みました。 すると、どうでしょう、みるみる体が元気になり、薬のせいでドンヨリしていた心も全て良くなってきて、やっぱりお父さんは世界一の名医だったんだ! とみんなで喜び合いました。 ところが――、 そこへ、死んだはずのお父さんがひょっこり帰ってきました。 実はお父さんは正気を失った子供達に薬を飲ませようと思って「自分が死んだ」と嘘をついたのでした。 ――という話があったとしよう。 と仏様は言いました。 「みんなはどう思う? ″嘘つきはイケナイ事だからこのお父さんは悪いお父さんだ″と言う人が居るだろうか?」 と仏様は続けました。すると居並ぶ人々は 「そんな人は居ないと思います!」 と答えました。これを聞いて仏様は 「そう、その通り。実は私は悟りを開いたのは無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫も前なのだよ。人々を悟りを得させようとして仮の嘘として仏様が亡くなる、という姿を見せたりしたわけだが、さっきの話のように、私がついた嘘(方便)をイケナイことだと責める人は居ないだろうね?」 と驚いた事に、数え切れないほどの大昔に仏様となっておられたことを明かされたのでした。   これは皆さんがいつも勤行で読んでいる「寿量品」に説かれているお話です。 ホラ、 譬如良医。智慧聡達。明練方薬。善治衆病。其人多諸子息。若十。二十。乃至百数。・・・・・って聞き覚えがあるでしょ? ---- 譬えば、良医の智慧聡達にして、明らかに方薬に練し、善く衆病を治するが如し。其の人諸の子息多し、若しは十、二十、乃至百数なり。事の縁有るを以て、遠く余国に至りぬ。 諸の子後に、他の毒薬を飲む。薬発し悶乱して、地に宛転す。是の時に其の父、還り来って家に帰りぬ。諸の子毒を飲んで、或は本心を失える、或は失わざる者あり。遥かに其の父を見て、皆多いに歓喜し、拝跪して問訊すらく、 善く安穏に帰りたまえり。我等愚癡にして、誤って毒薬を服せり。願わくは救療せられて、更に寿命を賜え。 父、子等の苦悩すること是の如くなるを見て、諸の経方に依って、好き薬草の色香美味、皆悉く具足せるを求めて、擣簁和合して、子に与えて服せしむ。而して是の言を作さく、 此の大良薬は、色香美味、皆悉く具足せり。汝等服すべし。速かに苦悩を除いて、復衆の患無けん。 其の諸の子の中に、心を失わざる者は、此の良薬の色香、倶に好きを見て、即便之を服するに、病尽く除こり愈えぬ。 余の心を失える者は、其の父の来れるを見て、亦歓喜し、問訊して、病を治せんことを求索むと雖も、然も其の薬を与うるに、而も肯えて服せず。所以は何ん。毒気深く入って、本心を失えるが故に、此の好き色香ある薬に於て、美からずと謂えり。父是の念を作さく、 此の子愍れむべし。毒に中られて、心皆顛倒せり。我を見て喜んで、救療を求索むと雖も、是の如き好き薬を、而も肯えて服せず。我今当に方便を設けて、此の薬を服せしむべし。 即ち是の言を作さく、 汝等当に知るべし。我今衰老して、死の時已に至りぬ。是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝取って服すべし。差えじと憂うること勿れ。 是の教を作し已って復他国に至り、遣を使して還って告げしむ、汝が父已に死しぬ。 是の時に諸の子、父背喪せりと聞き、心大いに憂悩して、是の念を作さく、 若し父在しなば、我等を慈愍して、能く救護せられまし。今者、我を捨てて、遠く他国に喪したまいぬ。自ら惟るに孤露にして復恃怙無し。 常に悲感を懐いて、心遂に醒悟しぬ。乃ち此の薬の色香味美を知って、即ち取って之を服するに、毒の病皆 愈ゆ。其の父、子悉く已に差ゆることを得つと聞いて、尋いで便ち来り帰って、咸く之に見えしむ。諸の善男子、意に於て云何。頗し人の、能く此の良医の虚妄の罪を説く有らんや不や。 不なり、世尊。 仏の言わく、 我も亦是の如し。成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫なり。衆生の為の故に、方便力を以て、当に滅度すべしと言う。亦能く法の如く、我が虚妄の過を説く者有ること無けん。(法華経 開結四三五〜八頁) {{category 説話,ろ,り}}