決意発表浄願寺支部(阿久根)   本日の内容は体験発表になりますが、明日鹿児島を離れますので、引き受けさせていただきました。ご理解をいただきたいと思います。  さて、私が入信したのは今年の三月末でした。  私は、三年前の離婚をきっかけに心療内科に通うようになり、鬱と診断されて、薬を一日に十錠以上飲む毎日を送っていました。  しかし、症状は悪化の一方をたどり、薬を飲んでも眠ることができず、自律神経がおかしくなり、しょっちゅう発作や震え、大量の発汗などが起こり、入信したばかりの頃は時々お寺で横にならせてもらっていたほど疲れがひどく、普通に生活することさえ困難でした。仕事をしても頭が働かないので、判断をしたり考えることができず、自転車に乗っても降り方がわからないという状況で、自分の体の異常におびえて、人と話す事も辛く、職場に通う事すらも難しくなって、ついには仕事を首になってしまいました。  日蓮正宗については、前々から姉に勧められていたのですが、その頃の私は、かつて新興宗教にのめり込んでいた両親の姿を見ていた影響もあって、宗教ほど怖いものはないと思っていました。なぜ、全てが宗教のおかげだというのか、なぜ宗教に入れば良くなるというのか、最初は姉に対して嫌悪感ばかりが募り、のめり込んだら終わりだからと、姉とかかわらないようにとさえ思っていました。  とはいえ自分の力では何も解決できませんでした。そして自分の状況があまりにも辛く、一人暮らしすら困難な状況となった時に、姉夫婦が声を掛けてくれたので、姉に頼る以外に生きていく道はないと追い込まれて、今年二月に姉夫婦と一緒に住むこととなった時に、入信を決心しました。  正直なところ信心について最初は、姉の家に住ませてもらうには、取りあえず入るしかない。でも変な宗教だったら、いつかこの家を出た時にやめればいいと思っていました。  それでもどこかで、姉がここまで言う宗教だから信じてみて、やれるだけきちんとやってみようという気持ちもありました。当時の私に残された道は、もうこれしかなかったのです。  頑張っても、病院に行っても、どんどん深みに落ちていくばかり。 「精神病だなんて思われたくない」 「薬なんか飲みたくない」 という気持ちに反して、自分の状況は悪くなる一方…。  そんな自分が、嫌で嫌で仕方ありませんでした。そして離婚した相手をいつまでも引きずり、昔言われた言葉にずっと傷つき、自信を無くして、自分という存在を消してしまいたくなるような毎日でした。  ご受戒をお受けする前にご住職に、 「真面目は悪いことではないんだよ。  むしろいいことなんだよ」 と言っていただきました。その言葉に私は救われて涙が止まりませんでした。私が一番言われたかった言葉だったのです。真面目であることが悪いことだと、前の旦那に言われ続けて、ずっと自分の欠点だと思い込み、そのことで変われない自分に苦しんでいたからです。 そんな時に自分の存在を認めてもらえたような気持ちになり、私はこの宗教についてはわからないけど、この御尊師についていってみようと思い、そこから素直に、沢山の言葉を聞いていくことができるようになりました。  それからというもの、私はお寺にできる限り参詣して、ことあるごとにご住職に相談したり、日蓮正宗の教学についてわからない事を聞いたりして沢山のことを教わる事で、少しずつ信心に対する気持ちが深まっていき、信心が心の支えになっていきました。  そんな中、四月の御[[登山]]に参加し、[[御開扉]]を受けさせていただきました。  あまりの厳かさに言葉で表すことができないほどの気持ちになり、また、周りの沢山の信者さんが心から感動している姿に、この宗教は間違っていないのかもしれないと感じました。  さらに、[[登山]]中は薬を飲まないと決めて参加させていただいたのですが、薬を飲んでいないにもかかわらず、[[御開扉]]の後、周囲に大勢の人がいたのに、震えることもなく、発作も出ず気付けば足取り軽く歩いている自分に驚きました。これは、本当に[[御本尊]]様の力以外に考えられませんでした。  入信した時に、ご住職から精神病の薬は少しずつ自分で同じ割合で減らして飲んでいくことを勧められ、そのかわり[[唱題]]を出来るだけ沢山するようにご指導を受けていたこともあり、自分で薬を割って、調子が良くなるたびに少しずつ薬の量を減らしていました。勝手に一気に減らしてしまうと、副作用が出て危険だとのことだったので、ご住職に言われた通りに少しずつ減らしながら、[[唱題]]はできるだけ二時間はするようにしていました。  すると、通院するたびに処方される薬自体が減っていき、六月の通院の時、病院の先生に 「卒業おめでとう。もう通わなくてもいいよ」 と言ってもらえました。先生の言葉によると、今まで薬と通院から卒業できた人は私を入れて三人しかいないそうです。  こんなにも早く、あのとても苦しかった精神的不安定と奈落(一般語:地獄)の世界から抜け出せるとは思いませんでした。  今までは、別の病気でも、病院に行くと服用している薬を書かされるので、精神病と思われるんじゃないかという心配がありましたが、そのストレスもなくなりました。それに、運転もできると思うと、とても気持ちが軽くなり、嬉しくてたまりませんでした。  気づくと、前の旦那のことで悩んだり落ち込んだりすることもなくなり、過去のことを振り返って苦しくなることもなくなっていました。日々泣いていた毎日が嘘のように思えます。  それまでは普通の生活が送れるようになりたいというレベルでしたが、信心のおかげで精神的にも少々強くなれたので、ご住職にご指導を受けて、就職の為に医療事務の学校に通い始めました。九月からは自分で車を運転してお寺に通う事ができるようになり、仕事に就くステップも兼ねて、病気になってから出来なくなっていた接客業のアルバイトもできるようになりました。そして、勉強と寺院参詣と[[唱題]]の甲斐あって、難しかった試験にも全て一発で合格できました。  そのような中、十月の御[[登山]]にも参加させていただきましたが、御[[登山]]で何よりも嬉しかったのは、初めて[[猊下]]様への[[お目通り]]が適ったことです。こんなにも感動して、心が震えたことはありませんでした。  テーブルを挟んですぐ近くで[[猊下]]様に[[お目通り]]させていただき、私まで名前を呼んでいただき、すべてが夢のようで、こんなありがたいことが現実にあるなんてと思いました。さらに、[[六壷]]の前で記念撮影まで一緒に写っていただくことができましたが、それは感動を通り越して嘘のようでした。  [[猊下]]様は、本当に言葉に出来ないくらいの空気と威厳を発しておられ、そのお姿に、全てを御見通しなのだろうなと思うと、自分の信心の浅さを感じて恥ずかしい気持ちになりました。  その感動が冷めやらぬまま、御[[登山]]の帰りに皆さんと別れて就職活動をしましたが、就職先もすぐ決まって、自分でも怖いくらい、何もかもトントン拍子で進んで、これも信心や御[[登山]]の功徳だとつくづく思いながら、鹿児島に戻ってきました。  入信してからまだ半年が過ぎたくらいなのに、ここまで変わることが出来たのはご住職のご指導のおかげ、そして[[御本尊]]様の御導きだと思います。  私は日蓮正宗に対して、不信から始まりましたが、色々な行事や勉強会に参加することで、 変な宗教ではない、逆に本当に正しい信仰なんだということが理解でき、またお寺に通うことで自分なりに日蓮正宗の空気というものを肌で感じ、自分が変わっていく状況に驚きながら、不信が信に変わっていきました。そして、家に伝わっていた宗教や、まわりにある宗教がいかに変なのか、間違ったことなのかも理解できるようになりました。  入信して僅か半年ちょっとの期間ですが、あっという間に過ぎたというよりは、病気だった時が遙か過去の話のような気がするほど、沢山の体験をして、大きく環境が変化しました。そして[[御本尊]]様のおかげで、念願だった就職が決まり、明日鹿児島を離れて来月から働けることになっています。  就職先が県外なので、これからは新しい地で、知らない法華講の方々の中で信心していくことになりますが、まずは寺院参詣を頑張っていきたいと思います。そして、ゆくゆくは大切な人を[[折伏]]して、日蓮正宗の輪を広げていけたらいいなと思っています。  ありがとうございました。(鹿児島) {{category 体験,病気平癒,鬱病}}