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『持妙法華問答抄』


(★300㌻)前
 譬へば去年の暦を用ゐ、烏を鵜につかはんが如し。是偏に権経の邪師を貴みて、未だ実教の明師に値はせ給はざる故なり。惜しいかな、文武の卞和があら玉、何くにか納めけん。嬉しいかな、釈尊出世の髻の中の明珠、今度我が身に得たる事よ。十方諸仏の証誠としているがせならず。さこそは「一切世間には怨多く信じ難し」と知りながら、争でか一分の疑心を残して、決定無有疑の仏にならざらんや。過去遠々の苦しみは、徒にのみこそうけこしか。などか暫く不変常住の妙因をうへざらん。未来永々の楽しみはかつがつ心を養ふとも、しゐて
 あながちに電光朝露の名利をば貪るべからず。「三界は安きこと無し、猶火宅の如し」とは如来の教へ「所以に諸法は幻の如く化の如し」とは菩薩の詞なり。寂光の都ならずば、何くも皆苦なるべし。本覚の栖を離れて何事か楽しみなるべき。願はくは「現世安穏後生善処」の妙法を持つのみこそ、只今生の名聞後生の弄引なるべけれ。須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべき。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
                                 日蓮花押
 

平成新編御書 ―300㌻―

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