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『善無畏三蔵抄』


(★442㌻)
 諸論・諸宗を習ひ伝へ、北天竺金粟王の塔の下にして天に仰ぎ祈請を致し給へるに、虚空の中に大日如来を中央として胎蔵界の曼荼羅顕われさせ給ふ。慈悲の余り、此の正法を辺土に弘めんと思し食して漢土に入り給ひ、玄宗皇帝に秘法を授け奉り、旱魃の時雨の祈をし給ひしかば、三日が内に天より雨ふりしなり。此の三蔵は千二百余尊の種子尊形三摩耶一事もくもりなし。当世の東寺等の一切の真言宗一人も此の御弟子に非ざるはなし。而るに此の三蔵一時に頓死ありき。数多の獄卒来りて鉄縄七すじ懸けたてまつり、閻魔王宮に至る。此の事第一の不審なり。いかなる罪あて此の責に値ひ給ひけるやらん。今生は十悪は有りもやすらん、五逆罪は造らず。過去を尋ぬれば、大国の王となり給ふ事を勘ふるに、十善戒を堅く持ち五百の仏陀に仕へ給ふなり。何の罪かあらん。其の上、十三にして位を捨て出家し給ひき。閻浮第一の菩提心なるベし。過去現在の軽重の罪も滅すらん。其の上、月氏に流布する所の経論諸宗を習ひ極め給ひしなり。何の罪か消えざらん。又真言密教は他に異なる法なるべし。一印一真言なれども手に結び、口に誦すれば、三世の重罪も滅せずと云ふことなし。無量倶低劫の間作る所の衆の罪障も、此の曼荼羅を見れば一時に皆消滅すとこそ申し候へ。況んや此の三蔵は千二百余尊の印真言を暗に浮かべ、即身成仏の観道鏡懸り、両部灌頂の御時大日覚王となり給ひき。如何にして閻魔の責めに預かり給ひけるやらん。
  日蓮は顕密二道の中に勝れさせ給ひて、我等易々と生死を離るべき教に入らんと思い候ひて、真言の秘教をあらあら習ひ、此の事を尋ね勘ふるに、一人として答へをする人なし。此の人悪道を免れずば、当世の一切の真言並びに一印一真言の道俗、三悪道の罪を免るべきや。日蓮此の事を委しく勘ふるに、二つの失有って、閻魔王の責めに預かり給へり。一つには、大日経は法華経に劣るのみに非ず、涅槃経・華厳経・般若経等にも及ばざる経にて候を、法華経に勝れたりとする謗法の失なり。二つには、大日如来は釈尊の分身なり。
 

平成新編御書 ―442㌻―

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