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『一代五時図』
(★493㌻)
六百三十七部二千八百八十三巻
捨閉閣抛
双観経に云はく「設ひ我仏を得んに、十方の衆生至心に信楽し、我が国に生まれんと欲し、乃至十念して若し生ぜずんば正覚を取らず、唯五逆と誹謗正法とを除く」と。道綽が未有一人得者、善導が一千中無一、法然が捨閉閣抛、此等は豈謗法に非ずや。法華経第二の譬喩品に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん。或は復顰蹙して疑惑を懐かん。汝当に此の人の罪報を説くを聴くべし。若しは仏の在世、若しは滅度の後に、其れ斯くの如く経典を誹謗すること有らん、経を読誦し書持すること有らん者を見て、軽賤憎嫉して而も結恨を懐かん。此の人の罪報汝今復聴け。其の人命終して阿鼻獄に入らん。一劫を具足して劫尽きなば更生まれん。是くの如く展転して無数劫に至らん。地獄より出でては当に畜生に堕つべし」と。涅槃経第十に云はく「問ふ、一闡提とは其の義如何。仏言はく、純陀若し比丘及び比丘尼・優婆塞・優婆夷有りて麁悪の言を発し、正法を誹謗し、是の重業を造りて永く改悔せず、心に慚愧無からん。是くの如き等の人を名づけて一闡提の道に趣向すと為す。若し四重を犯し、五逆罪を作り、自ら定めて是くの如き重事を犯すと知りて、而も心に初めより怖畏慚愧無く、肯て発露せず。彼の正法に於て永く護惜建立の心無く、毀呰軽賤して言に過咎多からん。是くの如き等の人も亦一闡提の道に趣向すと名づく。若し復説いて仏法衆無しと言はん。是くの如き等の人も亦一闡提の道に趣向すと名づく。唯此くの如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし」と。
平成新編御書 ―493㌻―
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