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『開目抄㊤』


(★564㌻)
 居士、及び余の比丘衆に向かって、誹謗して我が悪を説いて、是邪見の人、外道の論議を説くと謂はん○濁劫悪世の中には、多く諸の恐怖有らん。悪鬼其の身に入って、我を罵詈毀辱せん○濁世の悪比丘は、仏の方便随宜所説の法を知らず、悪口して顰蹙し、数々擯出せられん」等云云。記の八に云はく「文に三、初めに一行は通じて邪人を明かす。即ち俗衆なり。次の一行は道門増上慢の者を明かす。三に七行は僣聖増上慢の者を明かす。此の三の中に、初めは忍ぶべし。次は前に過たり。第三最も甚だし。後々の者は転識り難きを以ての故に」等云云。東春に智度法師云はく「初めに有諸より下の五行は○第一の一偈は三業の悪を忍ぶ、是外悪の人なり。次に悪世の下の一偈は、是上慢出家の人なり。第三に或有阿練若より下の三偈は、即ち是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云。又云はく「常在大衆より下の両行は、公処に向かって法を毀り人を謗ず」等云云。涅槃経の九に云はく「善男子、一闡提有り。羅漢の像を作して空処に住し、方等大乗経典を誹謗せん。諸の凡夫人見已はって、皆真の阿羅漢、是大菩薩なりと謂はん」等云云。又云はく「爾の時に是の経、閻浮提に於て当に広く流布すべし。是の時に、当に諸の悪比丘有って、是の経を抄略し、分かって多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。是の諸の悪人、復是くの如き経典を読誦すと雖も、如来の深密の要義を滅除して、世間の荘厳の文飾無義の語を安置す。前を抄して後に著け後を抄して前に著け、前後を中に著け中を前後に著く。当に知るべし、是くの如きの諸の悪比丘は、是れ魔の伴侶なり」等云云。六巻の般泥・経に云はく「阿羅漢に似たる一闡提有って悪業を行ず。一闡提に似たる阿羅漢あって慈心を作さん。羅漢に似たる一闡提有りとは、是の諸の衆生、方等を誹謗せるなり。一闡提に似たる阿羅漢とは、声聞を毀呰し広く方等を説くなり。衆生に語って言はく、我汝等と倶に是菩薩なり。所以は何。一切皆如来の性有る故に。然も彼の衆生一闡提なりと謂はん」等云云。涅槃経に云はく「我涅槃の後、乃至、正法滅して後、像法の中に於て当に比丘有るべし。持律に似像して少かに経を読誦し、飲食を貪嗜し其の身を長養す。
 

平成新編御書 ―564㌻―

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