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『祈祷抄』


(★630㌻)
  かゝるなげきの庭にても、法華経の敵をば舌をきるべきよし、座につらなりし人々のゝしり侍りき。迦葉童子菩薩は法華経の敵の国には霜雹となるべしと誓ひ給ひき。爾の時仏は臥よりをきてよろこばせ給ひて、善哉善哉と讃め給ひき。諸菩薩は仏の御心を推して法華経の敵をうたんと申さば、しばらくも、いき給ひなんと思ひて一々の誓ひはなせしなり。されば諸菩薩・諸天人等は法華経の敵の出来せよかし、仏前の御誓ひはたして、釈迦尊並びに多宝仏・諸仏如来にも、げに仏前にして誓ひしが如く、法華経の御ためには名をも身命をも惜しまざりけりと思はれまいらせんとこそおぼすらめ。
  いかに申す事はをそきやらん。大地はさゝばはづるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず。法華経の行者を諸の菩薩・人天・八部等、二聖・二天・十羅刹等、千に一も来たりてまぼり給はぬ事侍らば、上は釈迦諸仏をあなづり奉り、下は九界をたぼらかす失あり。行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給ふべし。袋きたなしとて金を捨つる事なかれ、伊蘭をにくまば栴檀あるべからず。谷の池を不浄なりと嫌はゞ蓮を取るべからず。行者を嫌ひ給はゞ誓ひを破り給ひなん。正像既に過ぎぬれば持戒は市の中の虎の如し。智者は麟角よりも希ならん。月を待つまでは灯を憑むべし。宝珠のなき処には金銀も宝なり。白烏の恩をば黒烏に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧に報ずべし。とくとく利生をさづけ給へと強盛に申すならば、いかでか祈りのかなはざるべき。
  問うて云はく、上にかゝせ給ふ道理文証を拝見するに、まことに日月の天におはしますならば、大地に草木のおふるならば、昼夜の国土にあるならば、大地だにも反覆せずば、大海のしほだにもみちひるならば、法華経を信ぜん人現世のいのり後生の善処は疑ひなかるべし。然りと雖も此の二十余年が間の天台・真言等の名匠、
 

平成新編御書 ―630㌻―

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