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『盂蘭盆御書』


(★1375㌻)前
 魚を一つみつけて右の手にとり、口にかみける時、本つかいしわらわのたづねゆきて見し時と、目連尊者が母を見しと、いづれかをろかなるべき。かれはいますこしかなしさわまさりけん。
  目連尊者はあまりのかなしさに大神通をげんじ給い、はんをまいらせたりしかば、母よろこびて右の手にははんをにぎり、左の手にてははんをかくして口にをし入れ給ひしかば、いかんがしたりけん、はん変じて火となり、やがてもへあがり、とうしびをあつめて火をつけたるがごとくばともへあがり、母の身のごこごことやけ候ひしを目連見給ひて、あまりあわてさわぎ、大神通を現じて大いなる水をかけ候ひしかば、其の水たきゞとなりていよいよ母の身のやけ候ひし事こそあわれには候ひしか。
  其の時、目連みづからの神通かなわざりしかば、はしりかへり、須臾に仏にまいりて、なげき申せしやうは、我が身は外道の家に生まれて候ひしが、仏の御弟子になりて阿羅漢の身をへて三界の生をはなれ、三明六通の羅漢とはなりて候へども、乳母の大苦をすくはんとし候にかへりて大苦にあわせて候は心うしとなげき候ひしかば、仏説ひて云はく、汝が母はつみふかし。汝一人が力及ぶべからず。又多人なりとも天神・地神・邪魔・外道・道士・四天王・帝釈・梵王の力も及ぶべからず。七月十五日に十方の聖僧をあつめて、百味をんじきをとゝのへて、母のくはすくうべしと云云。目連、仏の仰せのごとく行なひしかば、其の母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給ひきと、盂蘭盆経と申す経にとかれて候。其れによて滅後末代の人々は七月十五日に此の法を行なひ候なり。此は常のごとし。
  日蓮案じて云はく、目連尊者と申せし人は十界の中に声聞道の人、二百五十戒をかたく持つ事石のごとし。三千の威儀を備へてかけざる事は十五夜の月のごとし。智慧は日ににたり。神通は須弥山を十四さうまき、大山をうごかせし人ぞかし。かゝる聖人だにも重報の乳母の恩ほうじがたし。
 

平成新編御書 ―1375㌻―

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