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『就註法華経口伝』


(★1738㌻)
 三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり。智慧とは南無妙法蓮華経なり。信は智慧の因にして名字即なり。信の外に解無く、解の外に信無し。信の一字を以て妙覚の種子と定めたり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と信受領納する故に無上宝聚不求自得の大宝珠を得るなり。信は智慧の種なり、不信は堕獄の因なり。又云はく、信は不変真如の理なり。其の故は信は知一切法皆是仏法と体達して実相の一理と信ずるなり。解は随縁真如なり。自受用智を云ふなり。文句の九に云はく「疑ひ無きを信と曰ひ、明了なるを解と曰ふ」と。文句の六に云はく「中根の人譬喩を説くを聞いて、初めて疑惑を破して大乗の見道に入る。故に名づけて信と為す。進んで大乗の修道に入るが故に名づけて解と為す」と。記の六に云はく「大を以て之を望むるに乃ち両字を分かちて以て二道に属す。疑を破る故に信なり。進んで入るを解と名づく。信は二道に通じ、解は唯修に在り。故に修道を解と名づくと云ふ」と。
    第二 捨父逃逝の事  文句の六に云はく「捨父逃逝とは、大を退するを捨と為し、無明自ら覆ふを逃と曰ひ、生死に趣向するを逝と為す」と。
  御義口伝に云はく、父に於て三之有り。法華経・釈尊・日蓮是なり。法華経は一切衆生の父なり。此の父に背く故に流転の凡夫となる。釈尊は一切衆生の父なり。此の仏に背く故に備に諸道を輪るなり。今日蓮は日本国の一切衆生の父なり。章安大師の云はく「彼が為に悪を除くは即ち是彼が親なり」と。退大の大は南無妙法蓮華経なり。無明とは疑惑謗法なり。自覆とは、法然・弘法・慈覚・智証・道隆・良観等の悪比丘、謗法の失を自まゝ覆ひかくすなり。
    第三 加復窮困の事  文句の六に云はく「出要の術を得ざるを又窮と為し、八苦の火に焼かる故に困と為す」と。
  御義口伝に云はく、出要とは南無妙法蓮華経なり。術とは信心なり。
 

平成新編御書 ―1738㌻―

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