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未入信者(一般の第三者)向けお話
2016年01月13日 15時24分
三世の生命 ~あなたは過去世、来世を信じますか?~

犬は10分程度しか記憶力がないそうです。
(しかし例えば主人がコートを着たらお散歩だというパターン認識は備わっているそうです)
 とすると人が他の動物と違うのは過去や未来について考えることが出来るという点にあると言えましょう。
そうであれば、生まれる前の過去世、死んだあとの来世について考えることは人間として至極当然なのです。
そこで仏法では人は生き死にを繰り返しながら永遠に業(善行/悪行の報い)をつないでいると 説きます
例えば何の罪もない大勢の人を殺して、自分も自殺したような人が、死後に安らかな世界に行けるでしょうか? やりたいことをやりきって、死後の世界に高飛びだ、逃げ得だ、と思っていたらそれは大きな間違いなのです。必ず悪の行為の代償を我が命で受けなければならないのです。
 まず地獄に堕ちて苦しむ、それが過ぎてタマタマ生まれ変わっても人間以外の動物に、例えば馬や牛となって生まれた時から死ぬまで酷使されたり、人と生まれても奴隷や兵士として駆り出されたりする、と説くのです。
 昔は悪いことをしようとしても「お天道様が見ているよ 」と言われれば犯行を思い直したものですが、世の中が荒(すさ)んできますと、
悪いことをしても見つからなければよい。良いことをしても報われない。神も仏もあるものか。能力がすべてだ、金がすべてだ、腕力・権力が物を言うのだ、力こそが正義だ、
 などと知った風なことを力説する人が増えてきますから、悪を見ても注意をしない、損をしそうだから良いこともしない。みんな自分の殻に閉じこもって、見て見ぬ振りをする。そして自身堪えきれなくなると暴発する。
 今はそんな世相じゃないでしょうか?
 三世に渡る因果応報は万人に平等です。どんなに悪事を働いてバレなかったとしても、その人の命には必ず悪事の記録が残されて今世か来世に代償を負わねばならないのです。善行をしてどんなに報われなかったとしても必ずその方の人徳として有形無形に具(そな)わってその方の身を飾るのです。
だから良いことをしましょう。悪いことは例え自分が損をしても傷ついてもしてはいけません。
「諸悪莫作、衆善奉行」といってこれが仏法の神髄と言っても過言ではありません。

カテゴリー:日記


2016年01月13日 15時24分
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