HOME本種坊だよりより>201907

 法報応の三身について 

~ある御尊師の例え話~
 ニュートンの法則。皆さんご存知ですよね。そうそう、リンゴですよ。この世の中、掴んでいるものを放せば落ちる訳ですよ。それもすべて地球の中心へ向かってね。もちろん、地球上でですよ。大気圏外の無重力状態は別の話ですからね。
 さてそこで、この「落ちる」のは誰かが作った現象ですかね。逆に言えば「今日から落ちないことにする」って宣言したら、今まで手に掴んでいたものは、宙に浮くんですかね。そんなこたぁ、あり得ない。つまり、誰が作ったり決めたりもしていないのに、誰の意思でも動かせない。これが「法」ってもんなんです。人が作った法律や条令とは訳がちがうんです。あくまでたとえですが、一応法身ということについて、仮にこのように認識しておいてください。
 次に、ニュートンさんはなぜかこのことに普遍性があると気づいた。ボクが掴んだものを放したら落ちるのに、向かいのスミスさんが放したら浮くなんてことはない。誰がやっても同じだ。そうか、そうなんだ。うわーっ、そーなんだー。と大喜びした(かどうかは知らないが)。
 つまり、閃いた。智恵がうずいた。でも、ニュートンさん以外の人は、誰も知らない。秘すべしとは言ってないけど、誰も気づいてないすごいことだ。一応、ここんとこが報身と思っておいてください。
 そこで「こんなすごいことは、誰かに言わなきゃ、発表しなきゃ」ということで、必死で理論の整理をして論文を書いて、世間に自分が気づいたその頭の中の状態を、なんとか分かってもらうように整える。その論文そのものや、身振り手振り・言語をもって自分の閃きを披瀝し、伝えようと腐心する姿。これを応身と思ってください。
 ではこの3つのうち、大きな意義を持つのは何でしょう。そうです。気づくということなんです。気づかなくては敷衍できないんです。では、気づくのは誰ですか…。
(原稿はここまでですが、敢えて後を私的に足すと)
 仏法においてその真理たる因果の理法を悟られた方は誰でしょうか。
 私たちの信奉する日蓮大聖人様はその本地を久遠元初自受用報身如来、と申し上げます。
 つまり日蓮大聖人様こそが仏法の真理に到達し、私たちを苦しみの世界から、どんなことも力強く克服してゆく強い命へと転換していく方法を示された報身の仏様なのです。
 法身は真理というだけですから在るだけです。衆生に働きかける何もありません。応身は応病与薬でTPOに合致した人にしか効かない利益であって万全ではありません。報身仏だけが真理を網羅し、人々へ真の利益を与えることが出来ます。日蓮大聖人こそ仏法の精髄を悟られた報身如来であります。その御悟りを法体として顕されたのが南無妙法蓮華経の御本尊であり、その絶大な功徳は御本尊に南無妙法蓮華経の信心を捧げることによって発揮されるのです。

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