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 寛師会の案内 


 
 九月十九日は日蓮正宗中興二祖の一人、二十六世日寛上人の祥月命日にあたります。※
 十八日は大石寺塔之原グラウンドで相撲大会、夜は七時ころから花火が打ち上げられ、登山の御信徒のみならず地元市民も楽しみにしている「お祭り」となっています。
 法要としては、十八日十六時から大坊客殿で御逮夜法要が営まれ、引き続き日寛上人が創設された常唱堂(石之坊)にも御法主上人がおいでになり重ねて御逮夜法要が奉修されます。
 法要が終わると塔之原グラウンド上に花火が打ち上げられます。塔之原グラウンドには相撲会場のほか、屋台も所狭しと設置されていて近隣の市民及び全国から法要に参加した代表信徒の老若男女がお祭り気分を楽しみます。
 登山信徒はその晩の丑寅勤行(早朝二時三十分)に参加し、翌日十時からの御正当会に臨みます。御正当会も直後に石之坊に移って二度目の御正当法要があります。
 その後、典礼院墓地へ移動し、日寛上人の墓参をし、寛師会は終了となります。
 日寛上人は江戸時代の人で、武士の生まれでしたが、江戸勤務の折りに日精上人の感化を受けて出家しました。もとより学徳が勝れ、六巻抄、御書文段等の重要文献を著されました。また常唱堂を創設し、四六時中唱題を絶やさぬようにしたことからも信心の大事を徹底されたお方でもありました。更に五重塔の建立を志して基金を創設、その遺志は三十一世日因上人の代に結実し今の五重塔と成ったのであります。
 一つエピソードを紹介すると、法要ではソバをお供えします。これは日寛上人が生前、自分は死ぬ時に好物のソバを食して逝くだろう、と予言されていました。
 これだけ聞くと何のことか分かりませんね。昔、法華経を印度の梵語から中国の漢字に翻訳した羅什三蔵という印度僧が居ました、この羅什さんは、自分の翻訳したものは絶対に間違いはない。その証拠として、自分が死んだら火葬にしなさい。もし私の翻訳に一つも間違いがなかったなら、私の遺体は焼けても舌だけは焼け残るだろう、と予言して、その通り舌だけ焼け残った。だから羅什さんが漢字に訳した法華経は正しいのだ、と法華経が弘まる一つの原因になった、という故事になぞらえたものです。
 日寛上人の最期も、その予言の通りであった。徳の高い御上人様は御自分の死期もお分かりになるようです。ですからそれにちなんでおソバをお供えするのです。
 (※命日は八月十九日ですが、太陰暦との関係で毎年九月十九日を法要の日としています。)

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