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『善無畏三蔵抄』


(★437㌻)後
 而るに善無畏三蔵は華厳・法華・大日経等の勝劣を判ずる時、理同事勝の謬釈を作りしより已来、或はおごりをなして法華経は華厳経にも劣りなん、何に況んや真言経に及ぶベしや。或は云はく、印・真言のなき事は法華経に諍ふベからず。或は云はく、天台宗の祖師多く真言宗を勝ると云ひ、世間の思ひも真言宗勝れたるなんめりと思へり。日蓮此の事を計るに人多く迷ふ事なれば委細にかんがへたるなり。粗余処に註せり。見るベし。又志あらん人々は存生の時習ひ伝ふべし。人の多くおもふにはおそるべからず、又時節の久近にも依るベからず、専ら経文と道理とに依るべし。
  浄土宗は曇鸞・道綽・善導より誤り多くして、多くの人々を邪見に入れけるを、日本の法然、是をうけ取りて人ごとに念仏を信ぜしむるのみならず、天下の諸宗を皆失はんとするを、叡山三千の大衆・南都興福寺・東大寺の八宗より是をせく故に、代々の国王勅宣を下し、将軍家より御教書をなしてせけどもとゞまらず。弥々繁昌して、返りて主上上皇万民等にいたるまで皆信伏せり。而るに日蓮は安房国東条片海の石中の賤民が子なり。威徳なく、有徳のものにあらず。なにゝつけてか、南都北嶺のとゞめがたき天子虎牙の制止に叶はざる念仏をふせぐベきとは思へども、経文を亀鏡と定め、天台伝教の指南を手ににぎりて、建長五年より今年文永七年に至るまで、十七年が間是を責めたるに、日本国の念仏大体留まり了んぬ。眼前に是見えたり。又国にすてぬ人々はあれども、心計りは念仏は生死をはなるゝ道にはあらざりけると思ふ。
  禅宗以て是くの如し。一を以て万を知れ。真言等の諸宗の誤りをだに留めん事、手ににぎりておぼゆるなり。況んや、当世の高僧・真言師等は其の智牛馬にもおとり、螢火の光にもしかず。只、死せるものゝ手に弓箭をゆひつけ、ねごとするものに物をとふが如し。手に印を結び、口に真言は誦すれども、其の心中には義理を弁へる事なし。結句、慢心は山の如く高く、欲心は海よりも深し。是は皆自ら経論の勝劣に迷ふより事起こり、
 

平成新編御書 ―437㌻―

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