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『聖密房御書』


(★724㌻)後
 №0157
     聖密房御書 文永一一年四~五月頃  五三歳
 
  大日経をば善無畏・不空・金剛智等の義に云はく「大日経の理と法華経の理とは同じ事なり。但印と真言とが法華経は劣なり」と立てたり。良諝和尚・広修・維蠲なんど申す人は大日経は華厳経・法華経・涅槃経等には及ばず、但方等部の経なるべし。日本の弘法大師云はく「法華経は猶華厳経等に劣れり。まして大日経には及ぶべからず」等云云。又云はく「法華経は釈迦の説、大日経は大日如来の説、教主既にことなり。又釈迦如来は大日如来の御使ひとして顕教をとき給ふ。これは密教の初門なるべし」と。或は云はく「法華経の肝心たる寿量品の仏は顕教の中にしては仏なれども、密教に対すれば具縛の凡夫なり」云云。
  日蓮勘へて云はく、大日経は新訳の経、唐の玄宗皇帝の御時、開元四年に天竺の善無畏三蔵もて来たる。法華経は旧訳の経、後秦の御宇に羅什三蔵もて来たる。其の中間三百余年なり。法華経亘りて後、百余年を経て天台智者大師、教門には五時四教を立てゝ、上五百余年の学者の教相をやぶり、観門には一念三千の法門をさとりて、始めて法華経の理を得たり。天台大師已前の三論宗、已後の法相宗には八界を立てゝ十界を論ぜず。
 

平成新編御書 ―724㌻―

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