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『聖密房御書』
(★725㌻)
一念三千の法門をば立つべきやうなし。華厳宗は天台已前には、南北の諸師華厳経は法華経に勝れたりとは申しけれども、華厳宗の名は候はず。唐の代に高宗の后、則天皇后と申す人の御時、法蔵法師・澄観なんど申す人、華厳宗の名を立てたり。此の宗は教相に五教を立て、観門には十玄六相なんど申す法門なり。をびたゞしきやうにみへたりしかども、澄観は天台をはするやうにて、なを天台の一念三千の法門をかりとりて、我が経の「心如工画師」の文の心とす。これは華厳宗は天台に落ちたりというべきか。又一念三千の法門を盗みとりたりというべきか。澄観は持戒の人、大小の戒を一塵をもやぶらざれども一念三千の法門をばぬすみとれり。よくよく口伝あるべし。真言宗の名は天竺にありやいなや、大なる不審なるべし。但真言経にてありけるを、善無畏等の宗の名を漢土にして付けたりけるか。よくよくしるべし。就中善無畏等、法華経と大日経との勝劣をはんずるに、理同事勝の釈をばつくりて、一念三千の理は法華経・大日経これ同じなんどいへども、印と真言とが法華経には無ければ、事法は大日経に劣れり。事相かけぬれば事理倶密もなしと存ぜり。今日本国及び諸宗の学者等、並びにことに用ふべからざる天台宗、共にこの義をゆるせり。例せば諸宗の人々をばそねめども、一同に弥陀の名をとなへて自宗の本尊をすてたるがごとし。天台宗の人々は一同に真言宗に落ちたる者なり。
日蓮理のゆくところを不審して云はく、善無畏三蔵の法華経と大日経とを理は同じく事は勝れたりと立つるは、天台大師の始めて立て給へる一念三千の理を、今大日経にとり入れて同じと自由に判ずる条ゆるさるべしや。例せば先に人丸が「ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに、しまがくれゆくふねをしぞをもう」とよめるを、紀のしくばう・源のしたがうなんどが判じて云はく「此の歌はうたの父うたの母」等云云。今の人我うたよめりと申して「ほのぼのと乃至船をしぞをもう」と一字をもたがへずよみて、我が才は人丸にをとらずと申すをば、人これを用ふべしや。やまがつ・海人なんどは用ふる事もありなん。天台大師の始めて立て給へる一念三千の法門は、
平成新編御書 ―725㌻―
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