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『松野殿御消息』


(★950㌻)
 №0234
     松野殿御消息 建治二年二月一七日  五五歳
 
  柑子一篭・種々の物送り給び候。
  法華経第七の巻薬王品に云はく「衆星の中に月天子最も為れ第一なり。此の法華経も亦復是くの如し。千万億種の諸の経法の中に於て最も為れ照明なり」云云。文の意は虚空の星は或は半里、或は一里、或は八里、或は十六里なり。天の満月輪は八百里にてをはします。華厳経六十巻或は八十巻、般若経六百巻、方等経六十巻、涅槃経四十巻・三十六巻、大日経、金剛頂、蘇悉地経、観経、阿弥陀経等の無量無辺の諸経は星の如し、法華経は月の如しと説かれて候経文なり。此は竜樹菩薩・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵等の論師人師の言にもあらず、教主釈尊の金言なり。譬へば天子の一言の如し。又法華経の薬王品に云はく「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し。一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」等云云。文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因・四大天王・転輪聖王・乃至漢土日本の国主等にも勝れたり。何に況んや日本国の大臣・公卿・源平の侍・百姓等に勝れたる事申すに及ばず。女人ならば・尸迦女・吉祥天女・漢の季夫人・楊貴妃等の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説かれて候。
  今此を案ずるに経文の如く申さんとすればをびたゞしき様なり。人もちゐん事もかたし。此を信ぜじと思へば如来の金言を疑ふ失は経文明らかに阿鼻地獄の業と見へぬ。進退わづらひ有り、何がせん。此の法門を教主釈尊は四十余年が間は胸の内にかくさせ給ふ。さりとてはとて御年七十二と申せしに、南閻浮提の中天竺、王舎城の丑寅耆闍崛山にして説かせ給ひき。今日本国には仏御入滅一千四百余年と申せしに来たりぬ。
 

平成新編御書 ―950㌻―

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