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『兵衛志殿御返事』


(★1295㌻)
  坊ははんさくにて、かぜゆきたまらず、しきものはなし。木はさしいづるものもなければ火もたかず。ふるきあかづきなんどして候こそで一つなんどきたるものは、其の身のいろ紅蓮・大紅蓮のごとし。こへははゝ大ばゞ地獄にことならず。手足かんじてきれさけ人死ぬことかぎりなし。俗のひげをみればやうらくをかけたり、僧のはなをみればすゞをつらぬきかけて候。かゝるふしぎ候はず候に、去年の十二月の卅日よりはらのけの候ひしが、春夏やむことなし。あきすぎて十月のころ大事になりて候ひしが、すこしく平癒つかまつりて候へども、やゝもすればをこり候に、兄弟二人のふたつの小袖わた四十両をきて候が、なつのかたびらのやうにかろく候ぞ。ましてわたうすく、たゞぬのものばかりのものをもひやらせ給へ。此の二つのこそでなくば今年はこゞへじに候ひなん。
  其の上兄弟と申し、右近の尉の事と申し、食もあいついで候。人はなき時は四十人、ある時は六十人、いかにせき候へども、これにある人々のあにとて出来し、舎弟とてさしいで、しきゐ候ひぬれば、かゝはやさにいかにとも申しへず。心にはしづかにあじちむすびて、小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じ候に、かゝるわづらわしき事候はず。又としあけ候わばいづくへもにげんと存じ候ぞ。かゝるわづらわしき事候はず。又々申すべく候。なによりもゑもんの大夫志ととのとの御事、ちゝの御中と申し、上のをぼへと申し、面にあらずば申しつくしがたし。恐々謹言。
  十一月廿九日              日 蓮 花押
 兵衛志殿御返事
 

平成新編御書 ―1295㌻―

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