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『秀句十勝抄』
(★1340㌻)
又云はく、他宗所依の経には都て即身入無し、一分即入すと雖も八地已上に推りて凡夫の身を許さず、天台法華宗には具に即入の義あり○即身成仏化道の義寧んぞ能く他宗に勝れざらんや。
文句の八に云はく「智積は別教に執して疑を為し、竜女は円を明かして疑を釈し、身子は三蔵の権を挟んで難じ、竜女は一実を以て疑を除く」と。又云はく「竜女の現成明証に復二あり。一には珠を献じて円因を得るを表はす。仏に奉るは是因を将って果を剋す。仏受くること疾きは果を獲るの速やかなるなり。此即ち一念に道場に坐して成仏虚しからざるなり。二には正しく因円果満を示す。胎経私に云はく爾前の円は生身得忍なりに云はく、魔・梵・釈・女は皆身を捨てず、身を受けずして、悉く現身に於て成仏を得と。故に偈に言はく、法性は大海の如く是非有りと説かず、凡夫・賢聖の人平等にして高下無く、唯心垢の滅するに在り、証を取ること掌を反すが如し」と。
記の八に云はく「正に円果を示す中に竜女作仏と云ふは、問ふ、分段を捨てずして即ち成仏為るや。若し即身に成仏せずんば、此の竜女の成仏及び胎経の偈云何が通ぜんや。答ふ、今の竜女の文は権に従って説く、以て円経の成仏速疾なるを証す。若し実行疾からざれば権行徒に引くならん。是即ち権実の義等しくして理徒然ならず。故に胎経の偈は実得に従って説く生身得忍の意。若し実得ならば六根清浄より無生忍を得、物の好む所に応じて神変を起こし現身に成仏し、及び円経を証すべし。既に無生を証す、豈知ること能はざらん。本捨受無けれども、何ぞ此を捨て彼に往くことを妨げん。余教の凡位此の会の中に至って、進んで無明を断ずるも亦復是くの如し。凡そ此くの如き例は必ず須く権実不二を以て疑妨を釈すべし」と。文句の八に云はく「此は是権巧の力、一身一切身を得。普現色身三昧なり」と。記の八に云はく「権巧と言ふは必ずしも一向に唯権の釈を作すにあらず。只竜女已に無生を得と云ふときは、則ち体用に約して権巧を論ず。
平成新編御書 ―1340㌻―
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