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『日眼女釈迦仏供養事』
(★1352㌻)
大風吹けば草木しづかならず、大地うごけば大海さはがし。教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき。今の日眼女は三十七のやくと云云。やくと申すは譬へばさいにはかど、ますにはすみ、人にはつぎふし、方には四維の如し。風は方よりふけばよはく、角より吹けばつよし。病は肉より起これば治しやすし、節より起これば治しがたし。家にはかきなければ盗人いる、人にはとがあれば敵便りをうく。やくと申すはふしぶしの如し。家にかきなく、人に科あるがごとし。よきひやうじを以てまぼらすれば盗人をからめとる。ふしの病をかねて治すれば命ながし。今教主釈尊を造立し奉れば下女が太子をうめるが如し。国王尚此の女を敬ひ給ふ。何に況んや大臣已下をや。大梵天王・釈提桓因王・日月等此の女人を守り給ふ。況んや大小の神をや。昔優大王、釈迦仏を造立し奉りしかば、大梵天王・日月等、木像を礼しに参り給ひしかば、木像説いて云はく「我を供養せんよりは優大王を供養すべし」等云云。影堅王の画像の釈尊を書き奉りしも又々是くの如し。法華経に云はく「若し人仏の為の故に諸の形像を建立す。是くの如き諸人等皆已に仏道を成じき」云云。文の心は一切の女人釈迦仏を造り奉れば、現在には日々月々の大小の難を払ひ、後生には必ず仏になるべしと申す文なり。抑女人は一代五千七千余巻の経々に、仏にならずときらはれまします。但法華経ばかりに、女人は仏になると説かれて候。天台智者大師の釈に云はく「女に記せず」等云云。釈の心は一切経には女人は仏にならずと云云。次下に云はく「今の経は皆記す」と云云。今の法華経にこそ竜女は仏になれりと云云。天台智者大師と申せし人は、仏滅度の後一千五百年に、漢土と申す国に出でさせ給ひて、一切経を十五返まで御覧あそばして候ひしが、法華経より外の経には女人は仏にならずと云云。妙楽大師と申せし人の釈に云はく「一代に絶えたる所なり」等云云。釈の心は一切経にたえたる法門なり。法華経と申すは星の中の月ぞかし、人の中の王ぞかし。山の中の須弥山、水の中の大海の如し。是程いみじき御経に、女人は仏になると説かれぬれば、一切経に嫌はれたるになにかくるしかるべき。譬へば盗人・
平成新編御書 ―1352㌻―
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