> ←次へ  TOPへ↑  前へ→  

『松野殿後家尼御前御返事』


(★1354㌻)後
 №0360
     松野殿後家尼御前御返事    弘安二年三月二六日  五八歳
 
  法華経第五の巻安楽行品に云はく「文殊師利、此の法華経は無量の国の中に於て、乃至名字をも聞くことを得べからず」云云。此の文の心は、我等衆生の三界六道に輪回せし事は、或は天に生まれ、或は人に生まれ、或は地獄に生まれ、或は餓鬼に生まれ、畜生に生まれ、無量の国に生をうけて、無辺の苦しみをうけてたのしみにあひしかども、一度も法華経の国には生ぜず。たまたま生まれたりといへども南無妙法蓮華経と唱へず。となふる事はゆめにもなし。人の申すをも聞かず。
  仏のたとへを説かせ給ふに、一眼の亀の浮木の穴に値ひがたきにたとへ給ふなり。心は大海の中に八万由旬の底に亀と申す大魚あり、手足もなくひれもなし。腹のあつき事はくろがねのやけるがごとし。せなかのこうのさむき事は雪山ににたり。此の魚の昼夜朝暮のねがひ、時々刻々の口ずさみには、腹をひやし、こうをあたゝめんと思ふ。赤栴檀と申す木をば聖木と名づく。人の中の聖人なり。余の一切の木をば凡木と申す。愚人の如し。此の栴檀の木は此の魚の腹をひやす木なり。あはれ此の木にのぼりて腹をば穴に入れてひやし、
 

平成新編御書 ―1354㌻―

provided by