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『四条金吾殿御返事』
(★1390㌻)後
№0377
四条金吾殿御返事 弘安二年九月一五日 五八歳
銭一貫文給びて、頼基がまいらせ候とて、法華経の御宝前に申し上げて候。定めて遠くは教主釈尊並びに多宝・十方の諸仏、近くは日月の宮殿にわたらせ給ふも御照覧候ひぬらん。
さては人のよにすぐれんとするをば、賢人・聖人とをぼしき人々も皆そねみねたむ事に候。いわうや常の人をや。漢皇の王昭君をば三千のきさき是をそねみ、帝釈の九十九億那由他のきさきは・尸迦をねたむ。前の中書王をばをのの宮の大臣是をねたむ。北野の天神をば時平のをとど是をざんそうして流し奉る。此等をもてをぼしめせ。入道殿の御内は広かりし内なれどもせばくならせ給ひ、きうだちは多くわたらせ給ふ。内のとしごろの人々あまたわたらせ給へば、池の水すくなくなれば魚さわがしく、秋風立てば鳥こずえをあらそう様に候事に候へば、いくそばくぞ御内の人々そねみ候らんに、度々の仰せをかへし、よりよりの御心にたがはせ給へば、いくそばくのざんげんこそ候らんに、度々の御所領をかへして、今又所領給はらせ給ふと云云。此程の不思議は候はず。
平成新編御書 ―1390㌻―
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