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『寂日房御書』


(★1394㌻)
 日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり。此の山にしてもをこたらず候なり。今の経文の次下に説いて云はく「我が滅度の後に於て応に此の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。
  かゝる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふかしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり。法華経の行者といはれぬる事不祥なり。まぬかれがたき身なり。彼のはんくわい・ちゃうりゃう・まさかど・すみともといはれたる者は、名ををしむ故に、はぢを思ふ故に、ついに臆したることはなし。同じはぢなれども今生のはぢはものゝかずならず。たゞ後生のはぢこそ大切なれ。獄卒だつえば・懸衣翁が三途の河のはたにて、いしゃうをはがん時を思し食して法華経の道場へまいり給ふべし。法華経は後生のはぢをかくす衣なり。経に云はく「裸者の衣を得たるが如し」云云。此の御本尊こそ冥途のいしゃうなれ。よくよく信じ給ふべし。をとこのはだへをかくさゞる女あるべしや。子のさむさをあわれまざるをやあるべしや。釈迦仏・法華経はめとをやとの如くましまし候ぞ。日蓮をたすけ給ふ事、今生の恥をかくし給ふ人なり。後生は又日蓮御身のはぢをかくし申すべし。昨日は人の上、今日は我が身の上なり。花さけばこのみなり、よめのしうとめになる事候ぞ。信心をこたらずして南無妙法蓮華経と唱へ給ふべし。度々の御音信申しつくしがたく候ぞ。此の事寂日房くわしくかたり給へ。
   九月十六日                     日蓮花押    
 

平成新編御書 ―1394㌻―

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