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『寂日房御書』
(★1393㌻)
№0378
寂日房御書 弘安二年九月一六日 五八歳
是まで御をとづれかたじけなく候。
夫人身をうくる事はまれなり。已にまれなる人身をうけたり。又あひがたきは仏法、是又あへり。同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる。結句題目の行者となれり。まことにまことに過去十万億の諸仏供養の者なり。
日蓮は日本第一の法華経の行者なり。すでに勧持品の二十行の偈の文は日本国の中には日蓮一人よめり。八十万億那由他の菩薩は口には宣べたれども修行したる人一人もなし。不思議の日蓮をうみ出だせし父母は日本国の一切衆生の中には大果報の人なり。父母となり其の子となるも必ず宿習なり。若し日蓮が法華経・釈迦如来の御使ひならば父母あに其の故なからんや。例せば妙荘厳王・浄徳夫人・浄蔵・浄眼の如し。釈迦・多宝の二仏、日蓮が父母と変じ給ふか。然らずんば八十万億の菩薩の生まれかわり給ふか。又上行菩薩等の四菩薩の中の垂迹か。不思議に覚え候。
一切の物にわたりて名の大切なるなり。さてこそ天台大師、五重玄義の初めに名玄義と釈し給へり。日蓮となのる事自解仏乗とも云ひつべし。かやうに申せば利口げに聞こえたれども、道理のさすところさもやあらん。経に云はく「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」と此の文の心よくよく案じさせ給へ。「斯人行世間」の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云ふ事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、
平成新編御書 ―1393㌻―
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