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『内房女房御返事』


(★1492㌻)
 阿鼻大城を脱るべきや。例せば九十五種の外道の内には正直有智の人多しといへども、二天三仙の邪法を承けしかば終には悪道を脱るゝ事なし。
  然るに今の世の南無阿弥陀仏と申す人々、南無妙法蓮華経と申す人を、或は笑ひ或はあざむく。此は世間の譬へに、稗の稲をいとひ、家主の田苗を憎む是なり。是国将なき時の盗人なり。日の出でざる時のなり。夜打ち強盜の科めなきが如く、地中の自在なるが如し。南無妙法蓮華経と申す国将と日輪とにあはゞ、大火の水に消へ、猿猴が犬に値ふなるべし。当時の南無阿弥陀仏の人々、南無妙法蓮華経の御声の聞こえぬれば、或は色を失ひ、或は眼を瞋らし、或は魂を滅し、或は五体をふるふ。伝教大師云はく「日出でぬれば星隠れ、巧みを見て拙きを知る」と。竜樹菩薩云はく「謬辞失ひ易く、邪義扶け難し」と。徳慧菩薩云はく「面に死喪の色有り、言には哀怨の声を含む」と。法歳云はく「昔は義虎今は伏鹿なり」等云云。此等の意を以て知んぬべし。
  妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし。毒薬変じて薬となる。妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる。玉泉と申す泉は石を玉となす。此の五字は凡夫を仏となす。されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり。石変じて玉と成るが如し。孝養の至極と申し候なり。故に法華経に云はく「此の我が二の子已に仏事を作しぬ」と。又云はく「此の二の子是は我が善知識なり」等云云。
  乃往過去の世に一の大王あり。名を輪陀と申す。此の王は白馬の鳴くを聞きて、色もいつくしく力も強く、供御を進らせざれども食にあき給ふ。他国の敵も甲を脱ぎ掌を合はす。又此の白馬鳴く事は白鳥を見て鳴きけり。然るに大王の政や悪しかりけん。又過去の悪業や感じけん。白鳥皆失せて一羽もなかりしかば、白馬鳴く事なし。白馬鳴かざりければ、大王の色も変じ、力も衰へ、身もかしけ、謀も薄くなりし故に国既に乱れぬ。他国よりも兵者せめ来たらんに何とかせんと歎きし程に、大王の勅宣に云はく、国には外道多し。皆我帰依し奉る。
 

平成新編御書 ―1492㌻―

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