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『釈迦一代五時継図』


(★1659㌻)
 伝教大師の顕戒論の中に云はく「貧人の食は是輪王の毒なるが如し。故に二乗の者の持戒精進は即ち菩薩の破戒懶惰なり。故に応に親近すべからず。来たらば為に法を説け。親使利養恭敬をはざれ」云云。秀句の下に云はく「小乗の持戒は則ち菩薩の煩悩なり」云云。宝塔品に云はく「此の経は持ち難し。若し暫くも持たば我則ち歓喜す。諸仏も亦然なり。是くの如きの人は諸仏の歎めたまふ所なり。是則ち勇猛なり、是則ち精進なり。是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名づく。則ち疾く無上の仏道を得と為す。能く来世に於て此の経を読み持たんは是真の仏子なり」云云。竜樹菩薩の大論に云はく「自法愛染の故に他人の法を毀呰す。持戒の行人と雖も地獄の苦を脱れず」云云。涅槃経の十二に云はく「仏迦葉に告げたまはく、若し菩薩有って破戒の因縁を以て、則ち能く人をして大乗経典を受持し愛楽せしむることを知って、又能く其れをして経巻を読誦し通利し書写し広く人の為に説いて阿耨多羅三藐三菩提を退転せざらしめ、是くの如き為の故に、故に戒を破ることを得」云云。安然の広釈に云はく「能く法華経を説く、是を持戒と名づく。律儀を持すと雖も善法を摂せざれば、猶木石の衣鉢を帯持せるが如し」云云。弘決の四に大論の十九を引いて云はく「諸の比丘仏に問ひたてまつる。阿蘭若の比丘死しぬ。今何処にか生ずる。仏の言はく、阿鼻獄に生ずと。諸の比丘大いに驚く。坐禅持戒して便ち爾に至るや。仏答へて言はく、多聞・持戒・禅は未だ漏尽の法を得ず」云云。伝教大師云はく「今より已後声聞の利益を受けず。菩薩は二百五十戒を捨て畢んぬ」云云。涅槃経の四に云はく「我涅槃の後無量百歳に四道の聖人も悉く復涅槃せん。正法滅して後、像法の中に於て当に比丘有るべし。貎持律に像て少しく経を読誦し、飲食を貪嗜し其の身を長養す。袈裟を服すと雖も猶猟師の細視徐行するが如く猫の鼠を伺ふが如し。常に是の言を唱ふ、我羅漢を得たりと。諸の病苦多くして糞穢に眠臥す。外には賢善を現はし内には貪嫉を懐く。唖法を受けたる婆羅門等の如し。実に沙門に非ずして沙門の像を現じ、邪見熾盛にして正法を誹謗し、及び甚深秘密の教を壊して各自ら意に随って反って経律を説く」云云。同九に云はく「善男子、一闡提有り、
 

平成新編御書 ―1659㌻―

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