すりはむどく(周梨槃特)は三箇年に十四字を暗(そら)にせざりしかども仏に成りぬ。

すりはむどく(周梨槃特)は三箇年に十四字を暗(そら)にせざりしかども仏に成りぬ。(三三蔵祈雨事八七七)

この十四字が何を指すのか、ピタカに、
「十四字 法句譬喩経述千品に出てゐる故事」
とある事から大正蔵を検索した所、どうやらこれのようでした。
「三年之中不得一偈」
とありますからね。
守口攝意身莫犯非。如是行者得度世(T04n0211_p0589a02?F9F8)
十五文字になってしまいますが、文脈からして釈尊が彼に与えた教えはこれであるはずです。
口を守って意を攝め身に非を犯すこと莫れ。是の如く行ぜば度を得る世(世を渡るを得る?)

それで釈尊が槃特の一偈を得た事の重要性を
T04n0211_p0589b09?F9F8 
 雖誦千章  句義不正  不如一要
 聞可滅惡  雖誦千言  不義何益
 不如一義  聞行可度  雖多誦經
 不解何益  解一法句  行可得道
(大正四―五八九B)
と説いています。

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T04n0211_p0588c27?F9F8  法句譬喩經述千品第十六
  法句譬喩經述千品第十六
昔佛在舎衞國。有一長老比丘字般特。新作
比丘稟性闇塞。佛令五百羅漢日日教之。
三年之中不得一偈。國中四輩皆知其愚冥。
佛愍傷之即呼著前授與一偈。守口攝意身
莫犯非。如是行者得度世。時般特感佛慈
恩。歡欣心開誦偈上口。佛告之曰。汝今年
老。方得一偈人皆知之不足爲奇。今當爲汝
解説其義。一心諦聽。般特受教而聽。佛即
爲説身三口四意三所由。觀其所起察其所
滅。三界五道輪轉不息。由之昇天由之墮淵
由之得道。涅槃自然分別爲説無量妙法。
時般特[火*霍]然心開。即得羅漢道。爾時有五百
比丘尼別有精舎。佛日遣一比丘爲説經法。
明日般特次應當行。諸尼聞之皆豫含笑。
明日来者。我等當共逆説其偈令之慚愧無
所一言。明日般特往諸比丘尼。大小皆出
作禮相視而笑。坐畢下食食已澡手請令説
法。時般特即上高座自慚否曰。薄徳下才
末爲沙門。頑鈍有素所學不多。唯知一偈粗
識其義。當爲敷演願各靜聽。諸年少比丘尼。
欲逆説偈口不能開。驚怖自責稽首悔過。般
特即如佛所説。一一分別身意所由罪福内
外昇天得道凝神斷想入定之法。即時諸尼
聞其所説甚怪甚異。一心歡喜皆得羅漢道。
後日國王波斯匿。請佛衆僧於正殿會。佛欲
現般特威神。與鉢令持随後而行。門士識
之留不聽入。卿爲沙門一偈不了受請何爲。
吾是俗人由尚知偈。豈況沙門無有智慧。施
卿無益不須入門。時般特即住門外。佛坐
正殿上行水已畢。般特即?C0BA鉢申臂遥
以授佛。王及群臣夫人太子。衆會四輩。見臂
来入不見其形。怪而問佛是何人臂。佛言。是
般特比丘臂也。近日得道。向吾使持鉢。門
士不聽来入。是以申臂授吾鉢耳。即便請入
威神倍常。王白佛言。聞般特本性愚鈍方
知一偈何縁得道。佛告王曰。學不必多行之
爲上。般特解一偈義。精理入神。身口意寂
淨如天金。人雖多學不解不行徒喪識想。有
何益哉。於是世尊即説偈言
 雖誦千章  句義不正  不如一要
 聞可滅惡  雖誦千言  不義何益
 不如一義  聞行可度  雖多誦經
 不解何益  解一法句  行可得道
佛説偈已三百比丘得阿羅漢道。王及群臣
夫人太子莫不歡喜
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これを現代語訳したものを探したのですが、

新国訳大蔵経 本縁部05 P91~94にありました。(感謝)

法句譬喩経 述千品 第十六
第一話
昔、仏、舎衛国に在り。
一長老比丘有り、字は般特なり。新たに比丘と作りしとき、稟性闇塞なり。仏は、五百羅漢をして日日、之に教えしむるも、
三年の中に一偈も得ざりき。国中の四輩は皆な其の愚冥なることを知りぬ。仏、之を愍み傷み、即ち呼びて前に著け、一偈を授与せり。
口を守り、意を摂め、身は非を犯すこと莫かれ。
是の如く行ずれば、世を度することを得。
時に般特、仏の慈恩に感じ、歓欣し心開き、偈を誦して口に上せり。仏、之に告げて曰わく。
「汝、今、年老いたり。方に一偈を得たり。人、皆な之を知る。奇と為すには足らず。今当に汝の為に其の義を解説すべし。一心に諦聴せよ。」
般特、教えを受けて聴けり。仏は即ち為に身三、口四、意三の由る所、其の起こる所を観じ、其の滅する所を察することを説けり。三界五道に輪転して息まず、之に由りて天に
昇り、之に由りて淵に堕し、之に由りて道を得るも、涅槃は自然なり。分別して為に無量の妙法を説けり。時に般特、(火+雨+隹)然として心開き、即ち羅漢道を得たり。
 爾の時、五百比丘尼有りて、別に精舎有り。仏、〔一〕日に一比丘を遣わして、為に経
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法を説かしむ。明日、般特、次に応当に行くべきに、諸の尼、之を聞き、皆な豫(たの)しみ含笑せり。
「明日、来たれば、我れ等当に共に逆(あらかじ)め、其の偈を説きて、之をして慚愧せしめ、一言する所無からしむべし。」
 明日、般特往けり。諸比丘尼の大小、皆な出で礼を作して、相い視て笑う。坐し畢りて、下食し、食し己りて手を澡ぎしあと、請いて説法せしむ。時に般特は即ち高座に上りて、自ら慚否して曰わく。
「薄徳下才にして、末に沙門と為る。頑鈍なる素有りて、学びし所多からず。唯だ一偈を知り、粗まし笠〈の義を識るのみ。当に為に敷演すべし。願わくば各、静聴せられんことを。」
 諸の年少比丘尼、逆め備を説かんと欲するも、口、開くこと能わず。驚怖し自ら責め、稽首し過ちを悔いぬ。般特、即ち仏の所説の如く、一一分別して、身と意の由る所、罪と福の内(面〕外〔面〕、天に昇りて道を得ること、神を凝らし想を断じて定に入るの法を(説きたり〕。即時に諸の尼は其の所説を聞きて、甚だ怪しみ甚だ異とし、一心に歓喜し、
皆な羅漢道を得たり。
 後日、国王波新匿、仏と衆僧を正殿会に請ず。仏、般特の威神を現わさんと欲して、鉢を与え持ちて、後に随いて行かしむ。門士は之を識り、留めて入るを聴(ゆる)さず。

「卿(なんじ)、沙門為るも、一偈をも了せず。請いを受けて何をか為さん。吾は是れ俗人なるも由尚(な)お偈を知る、豈に況んや沙門は智慧有ること無きをや。卿に施すも益無し。須ら

く門に入るべからず。」
 時に槃特は即ち門外に住まる。仏、正殿の上に坐し行水し已畢(おわ)りぬ。
 般特は即ち鉢を(敬+手)げ、臂(ひじ)を申ばし、遙(はるか)より以て仏に授く。王及び群臣・夫人・太子・衆会の四輩は臂の来たり入るを見るも、其の形(すがた)を見ず。怪しみて仏に問いぬ。
「是れ何人の臂ぞや。」
仏言わく。
「是れ般特比丘の臂なり、近日に得道せり。向(さき)に吾れ鉢を持たしむ。門士、来入するを聴さず。是こを以て臂を申ばして吾れに鉢を授くるのみ。」
即便ち請じ入らしむ。威神は常に倍す。王、仏に白して言わく。
「槃特の本性は愚鈍にして、方に一偈を知るのみと聞く。何に縁りて得道せるや。」
仏、王に告げて曰わく。
「学ぶこと必ずしも多からざるも、之を行ずるを上と為す。般特は一偈の義を解するも、精理入神し、身口意、寂(しず)かにして、浄きこと天の金の如し。人、多く学ぶと難も、解せず行ぜざれば、徒らに識想を喪うのみ。何の益有らんや。」
是こに於いて、世尊、即ち喝を説きて言わく。
 千章を誦すと雖も、句義正しからざれば、
 一要の、聞きて意を滅す可きに如かず。〔=「法句経』「述千品」第一偈〕
 千言を誦すと雖も、義ならざれば何の益かあらん、
 一義の、聞きて行いて度す可きに如かず。〔=同 第二偈〕
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 多く経を誦すと雖も、解せざれば、何の益かあらん、
 一法句を解して、行ずれば、道を得可し。〔=同 第三偈〕
仏、偈を説き己りぬ。三百比丘、阿羅漢道を得たり。王及び群臣・夫人・太子、歓喜せざるは莫し。

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