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『立正安国論』


(★234㌻)
 
 №0031 立正安国論   (文応元年七月一六日  三九歳)
 
  旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下に満ち、広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。然る間、或は利剣即是の文を専らにして西土教主の名を唱へ、或は衆病悉除の願を恃みて東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を崇め、或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調へ、有るは秘密真言の教に因って五瓶の水を灑ぎ、有るは坐禅入定の儀を全うして空観の月を澄まし、若しくは七鬼神の号を書して千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸に懸け、若しくは天神地祗を拝して四角四堺の祭祀を企て、若しくは万民百姓哀れみて国主国宰の徳政を行なふ。然りと雖も唯肝胆を摧くのみにして弥飢疫に逼り、乞客目に溢れ死人眼に満てり。臥せる屍を観と為し、並べる尸を橋と作す。観れば夫二離璧を合はせ、五緯珠を連ぬ。三宝も世に在し、百王未だ窮まらざるに、此の世早く衰へ、其の法何ぞ廃れたるや。是何なる禍に依り、是何なる誤りに由るや。
  主人の曰く、独り此の事を愁ひて胸臆に憤・す。客来たりて共に嘆く、屡談話を致さん。夫出家して道に入る者は法に依って仏を期するなり。而るに今神術も協はず、仏威も験無し。具に当世の体を覿るに、愚かにして後生の疑ひを発こす。然れば則ち円覆を仰いで恨みを呑み、方載に俯して慮りを深くす。倩微管を傾け聊経文を披きたるに、世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。言はずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず。
 

平成新編御書 ―234㌻―

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