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『立正安国論』


(★241㌻)
 威を現当に施し、虚空・地蔵の化を成すや、益を生後に被らしむ。故に国主は郡郷を寄せて以て灯燭を明らかにし、地頭は田園を充てゝ以て供養に備ふ。
  而るを法然の選択に依って、則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び、付嘱を抛ちて東方の如来を閣き、唯四巻三部の経典を専らにして空しく一代五時の妙典を抛つ。是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め、念仏の者に非ざれば早く施僧の懐ひを忘る。故に仏堂は零落して瓦松の煙老い、僧房は荒廃して庭草の露深し。然りと雖も各護惜の心を捨てゝ、並びに建立の思ひを廃す。是を以て住持の聖僧行きて帰らず、守護の善神去りて来たること無し。是偏に法然の選択に依るなり。悲しいかな数十年の間、百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷へり。謗を好んで正を忘る、善神怒りを成さゞらんや。円を捨てゝ偏を好む、悪鬼便りを得ざらんや。如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
  客殊に色を作して曰く、我が本師釈迦文、浄土の三部経を説きたまひてより以来、曇鸞法師は四論の講説を捨てゝ一向に浄土に帰し、道綽禅師は涅槃の広業を閣きて偏に西方の行を弘め、善導和尚は雑行を抛ちて専修を立て、慧心僧都は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とす。弥陀を貴重すること誠に以て然なり。又往生の人其れ幾ばくぞや。就中法然聖人は幼少にして天台山に昇り、十七にして六十巻に渉り、並びに八宗を究め具に大意を得たり。其の外一切の経論七遍反覆し、章疏伝記究め看ざることなく、智は日月に斉しく徳は先師に越えたり。然りと雖も猶出離の趣に迷ひ涅槃の旨を弁へず。故に遍く覿、悉く鑑み、深く思ひ、遠く慮り、遂に諸経を抛ちて専ら念仏を修す。其の上一夢の霊応を蒙り四裔の親疎に弘む。故に或は勢至の化身と号し、或は善導の再誕と仰ぐ。然れば則ち十方の貴賤頭を低れ、一朝の男女歩みを運ぶ。爾しより来春秋推し移り、星霜相積れり。而るに忝くも釈尊の教へを疎かにして、恣に弥陀の文を譏る。何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ、強ちに先師を毀り、
 

平成新編御書 ―241㌻―

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