←次へ
TOPへ↑
前へ→
『善無畏抄』
(★505㌻)
№0109
善無畏抄 文永八年 五〇歳
善無畏三蔵は月氏烏萇奈国の仏種王の太子なり。七歳にして位に即き、十三にして国を兄に讓り出家遁世し、五天竺を修行して五乗の道を極め三学を兼ね給ひき。達磨掬多と申す聖人に値ひ奉りて真言の諸印契一時に頓受し、即日に御潅頂なし人天の師と定まり給ひき。雞足山に入りては迦葉尊者の髪をそり王城に於て雨を祈り給ひしかば、観音日輪の中より出でて水瓶を以て水を灌ぎ、北天竺の金粟王の塔の下にして仏法を祈請せしかば、文殊師利菩薩、大日経の胎蔵の曼荼羅をを現はして授け給ふ。其の後開元四年丙辰に漢土に渡る。玄宗皇帝之を尊むこと日月の如し。又大旱魃あり。皇帝勅宣を下す。三蔵、一鉢に水を入れ暫く加持し給ひしに、水の中に指許りの物有り変じて竜と成る。其の色赤色なり。白気立ち昇り、鉢より竜出でて虚空に昇り忽ちに雨を降らす。此くの如くいみじき人なれども、一時に頓死して有りき。蘇生りて語りて云はく、我死につる時獄卒来たりて鉄の縄七筋付け、鉄杖を以て散々にさいなみ、閻魔宮に到りにき。八万聖教一字一句も覚えず、唯法華経の題名許り忘れず。題名を思ひしに鉄の縄少しき許りぬ。息続いで高声に唱へて云はく「今此三界皆是我有、其中衆生悉是吾子、而今此処多諸患難、唯我一人能為救護」等云云。七つの鉄の縄切れ砕け十方に散ず。閻魔冠を傾けて南庭に下り向かひ給ひき。今度は命尽きずとて帰されたるなりと語り給ひき。
今日蓮不審して云はく、善無畏三蔵は先生に十善の戒力あり。五百の仏陀に仕へたり。今生には捨てがたき王位をつばきをすつるがごとくこれをすて、幼少十三にして御出家ならせ給ひて、月支国をめぐりて諸宗を習ひ極め、天の感を蒙り、化導の心深くして震旦国に渡りて真言の大法を弘めたり。一印一真言を結び誦すれば、
平成新編御書 ―505㌻―
provided by