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『善無畏抄』


(★508㌻)
 今すへずへに成りて辺執せさせ給ふは自業自得果なるべし。
  今の世に浄土宗・禅宗なんど申す宗々は、天台宗にをとされし真言・華厳等に及ふべからず。依経既に楞伽経・観経等なり。此等の経々は仏の出世の本意にも非ず、一時一会の小経なり。一代聖教を判ずるに及ばず。而も彼の経々を依経として一代の聖教を聖道浄土・難行易行・雑行正行に分かちて、教外別伝なむどのゝしる。譬へば民が王をしえたげ、小河の大海を納むるが如し。かゝる謗法の人師共を信じて後生を願ふ人々は無間地獄脱るべきや。然れば当世の愚者は仏には釈迦牟尼仏を本尊と定めぬれば自然に不孝の罪脱れ、法華経を信じぬれば不慮に謗法の科を脱れたり。
  其の上女人は五障三従と申して、世間出世に嫌はれ一代の聖教に捨てられ畢んぬ。唯法華経計りにこそ竜女が仏に成り、諸の尼の記莂はさづけられて候ひぬれば、一切の女人は此の経を捨てさせ給ひては何の経をか持たせ給ふべき。天台大師は震旦国の人、仏滅後一千五百余年に仏の御使ひとして世に出でさせ給ひき。法華経に三十巻の文を注し給ひ、文句と申す文の第七巻には「他経には但男に記して女に記せず」等云云。男子も余経にては仏に成らざれども且く与へて其れをば許してむ。女人に於ては一向諸経に於ては叶ふべからずと書かれて候。縦令千万の経々に女人仏に成るべしと許されたりと雖も法華経に嫌はれなば何の憑みか有るべきや。
  教主釈尊、我が諸経四十余年の経々を未顕真実と悔い返し、涅槃経等をば当説と嫌ひ給ひ、無量義経をば今説と定めをき、三説にひでたる法華経に「正直に方便を捨てゝ但無上道を説く、世尊の法は久しくして後要ず当に真実を説くべし」と釈尊宣べ給ひしかば、宝上世界の多宝仏は大地より出でさせ給ひて真実なる由の証明を加へ、十方分身の諸仏は広長舌を梵天に付け給ふ。十方世界微塵数の諸仏の御舌は不妄語戒の力に酬いて八葉の赤蓮華にをいいでさせ給ひき。一仏二仏三仏乃至十仏百仏千万億仏、四百万億那由他の世界に充満せりし仏の御舌をもって定めをき給える女人成仏の義なり。
 

平成新編御書 ―508㌻―

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