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『八宗違目抄』
(★518㌻)
諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」と。
蓮華三昧経に云はく「本覚心、法身常に妙法の心蓮台に住して、本より来三身の徳を具足し、三十七尊 金剛界の三十七尊なり 心城に住したまへるを帰命したてまつる。心王大日遍照尊、心数恒沙、諸の如来も普門塵数、諸の三昧、因果を遠離して法然として具す。無辺の徳海本より円満、還って我心の諸仏を頂礼す」と。仏蔵経に云はく「仏、一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
問うて云はく、真言宗は一念三千を用ひるや。答えて云はく、大日経の義釈 善無畏・金剛智・不空・一行 に云はく 此の文に五本有り十巻の本は伝教・弘法之を見ず智証之を渡す 「此の経は是法王の秘宝なり、妄りに卑賤の人に示さず。釈迦出世して四十余年、舎利弗の慇懃なる三請に因りて、方に為に略して妙法蓮華の義を説きたまひしが如し、今此の本地の身、又是妙法蓮華最深の秘処なるが故に寿量品に云はく「常在霊鷲山・及余諸住処・乃至我浄土不毀・而衆見焼尽」と、即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ。又補処の菩薩の慇懃三請に因って方に為に之を説けり」と。又云はく「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ、唯蘊無我、出世間心、住於蘊中と説くが如きは、即ち諸部の小乗三蔵を摂す。蘊の阿頼耶を観じて自心の本不生を覚ると説くが如きは、即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す。極無自性心と十縁生の句を説くが如きは、即ち華厳・般若の種々の不思議の境界を摂して皆其の中に入る。如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは、即ち仏性 涅槃経なり ・一乗 法華経なり ・如来秘蔵 大日経なり 皆其の中に入る。種々の聖言に於て其の精要を統べざること無し」と。毘盧遮那経の疏 伝教・弘法之を見る 第七の下に云はく「天台の誦経は是円頓の数息なり」と謂ふ是此の意なり。
大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云はく「代宗、光を重んずること 玄宗・代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり 不空を見るが如し、勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ。時に天台の宗学湛然 妙楽、天台第六の師なり 禅観を解了して深く智者 天台なり の膏腴を得たりと。嘗て江淮の僧四十余人と清涼の境界に入る。湛然、光と相見えて西域伝法の事を問ふ。光の云はく、
平成新編御書 ―518㌻―
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