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『開目抄㊤』


(★534㌻)
 乃至若し仏滅後に、悪世の中に於て能く此の経を説かん、是則ち難しとす」等云云。日蓮が強義経文には普合せり。法華経の流通たる涅槃経に、末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし。正法の者は爪上の土のごとしととかれて候は、いかんがし候べき。日本の諸人は爪上の土か、日蓮は十方の土か、よくよく思惟あるべし。賢王の世には道理かつべし。愚主の世に非道先をすべし。聖人の世に法華経の実義顕はるべし等と心うべし。此の法門は迹門と爾前と相対して、爾前の強きやうにをぼゆ。もし爾前つよるならば、舎利弗等の諸の二乗は永不成仏の者なるべし。いかんがなげかせ給ふらん。
  二には教主釈尊は住劫第九の減、人寿百歳の時、師子頬王には孫、浄飯王には嫡子、童子悉達太子一切義成就菩薩これなり。御年十九の御出家、三十成道の世尊、始め寂滅道場にして、実報華王の儀式を示現して、十玄六相・法界円融・頓極微妙の大法を説き給ひ、十方の諸仏も顕現し、一切の菩薩も雲集せり。土といゐ、機といゐ、諸仏といゐ、始めといゐ、何事につけてか大法を秘し給ふべき。されば経文には「顕現自在力演説円満経」等云云。一部六十巻は一字一点もなく円満経なり。譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同じ。一珠も万宝を尽くして雨らし、万珠も万宝を尽くすがごとし。華厳経は一字も万字も但同事なるべし。「心仏及衆生」の文は華厳宗の肝心なるのみならず、法相・三論・真言・天台の肝要とこそ申し候へ。此等程いみじき御経に何事をか隠すべき。なれども二乗・闡提不成仏ととかれしは、珠のきずとみゆる上、三処まで始成正覚となのらせ給ひて、久遠実成の寿量品を説きかくさせ給ひき。珠の破れたると、月に雲のかゝれると、日の蝕したるがごとし。不思議なりしことなり。阿含・方等・般若・大日経等は仏説なればいみじき事なれども、華厳経にたいすればいうにかいなし。彼の経に秘せんこと此等の経々にとかるべからず。されば雑阿含経に云はく「初め成道」等云云。大集経に云はく「如来成道始め十六年」等云云。浄名経に云はく「始め仏樹に坐して力めて魔を降す」等云云。
 

平成新編御書 ―534㌻―

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