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『日妙聖人御書』
(★603㌻)
№0122
日妙聖人御書 文永九年五月二五日 五一歳
過去に楽法梵志と申す者ありき。十二年の間、多くの国をめぐりて如来の教法を求む。時に総て仏法僧の三宝一つもなし。此の梵志の意は渇して水をもとめ、飢へて食をもとむるがごとく仏法を尋ね給ひき。時に婆羅門あり。求めて云はく、我聖教を一偈持てり。若し実に仏法を願はゞ当にあたふべし。梵志答へて云はく、しかなり。婆羅門の云はく、実に志あらば皮をはいで紙とし、骨をくだいて筆とし、髄をくだいて墨とし、血をいだして水として書かんと云はゞ仏の偈を説かん。
時に此の梵志悦びをなして彼が申すごとくして、皮をはいでほして紙とし、乃至一言をもたがへず。時に婆羅門忽然として失せぬ。此の梵志天にあふぎ、地にふす。仏陀此を感じて下方より涌出て説いて云はく「如法は応に修行すべし、非法は行ずべからず、今世若しは後世、法を行ずる者は安穏なり」等云云。此の梵志須臾に仏になる。此は二十字なり。
昔、釈迦菩薩転輪王たりし時「夫生まれて輙ち死す、此の滅を楽と為す」の八字を尊び給ふ故に、身をかへて千灯にともして此の八字を供養し給ひ、人をすゝめて石壁要路にかきつけて、見る人をして菩提心をおこさしむ。此の光明・利天に至る。天の帝釈並びに諸天の灯となり給ひき。昔、釈迦菩薩仏法を求め給ひき。癩人あり。此の人にむかって我正法を持てり。其の字二十なり。我が癩病をさすり、いだき、ねぶり、日に両三斤の肉をあたへば説くべしと云ふ。彼が申すごとくして、二十字を得て仏になり給ふ。所謂「如来は涅槃を証し永く生死を断じたまふ。若し至心に聴くこと有らば当に無量の楽を得べし」等云云。
昔雪山童子と申す人ありき。雪山と申す山にして、外道の法を通達せしかども、いまだ仏法をきかず。
平成新編御書 ―603㌻―
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