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『呵責謗法滅罪抄』
(★718㌻)
一日も寿あるべしとも見えねども、各御志ある故に今まで寿を支へたり。是を以て計るに、法華経をば釈迦・多宝・十方の諸仏・大菩薩、供養恭敬せさせ給へば、此の仏・菩薩は各々の慈父慈母に日々夜々十二時にこそ告げさせ給はめ。当時主の御おぼえのいみじくおはするも、慈父慈母の加護にや有らん。兄弟も兄弟とおぼすべからず、只子とおぼせ。子なりとも梟鳥と申す鳥は母を食らふ。破鏡と申す獣の父を食らはんとうかゞふ。わが子四郎は父母を養ふ子なれども悪しくばなにかせん。他人なれどもかたらひぬれば命にも替はるぞかし。舎弟等を子とせられたらば今生の方人、人目申す計りなし。妹等を女と念はゞなどか孝養せられざるべき。是へ流されしには一人も訪ふ人もあらじとこそおぼせしかども、同行七八人よりは少なからず。上下のくわても各の御計らひなくばいかゞせん。是偏に法華経の文字の各の御身に入り替はらせ給ひて御助けあるとこそ覚ゆれ。
何なる世の乱れにも、各々をば法華経・十羅刹助け給へと、湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり。事繁ければとゞめ候。
日 蓮 花押
平成新編御書 ―718㌻―
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