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『光日房御書』


(★962㌻)
 なげきしなじななり。譬へば病のならひは何れの病も重くなりぬれば、是にすぎたる病なしとをもうがごとし。主のわかれ、をやのわかれ、夫妻のわかれ、いづれかおろかなるべき。なれども主は又他の主もありぬべし。夫妻は又かはりぬれば、心をやすむる事もありなん。をやこのわかれこそ月日のへだつるまゝにいよいよなげきふかゝりぬべくみへ候へ。をやこのわかれにも、をやはゆきて子はとゞまるは、同じ無常なれどもことはりにもや。をひたるはわはとゞまりて、わかき子のさきにたつはなさけなき事なれば、神も仏もうらめしや。いかなれば、をやに子をかへさせ給ひてさきにはたてさせ給はず、とゞめをかせ給ひて、なげかさせ給ふらんと心うし。心なき畜生すら子のわかれしのびがたし。竹林精舎の金鳥は、かひこのために身をやき、鹿野苑の鹿は、胎内の子ををしみて王の前にまいれり。いかにいわうや心あらん人にをいてをや。されば王陵が母は子のためになづきをくだき、神尭皇帝の后は胎内の太子の御ために腹をやぶらせ給ひき。此等ををもひつゞけさせ給はんには、火にも入り、頭をもわりて、我が子の形をみるべきならば、をしからずとこそおぼすらめと、をもひやられてなみだもとゞまらず。
  又御消息に云はく、人をもころしたりし者なれば、いかやうなるところにか生まれて候らん、をほせをかほり候はんと云云。夫、針は水にしずむ。雨は空にとゞまらず。蟻子を殺せる者は地獄に入り、死にかばねを切れる者は悪道をまぬかれず。何に況んや人身をうけたる者をころせる人をや。但し大石も海にうかぶ、船の力なり。大火もきゆる事、水の用にあらずや。小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬかれず。大逆なれども懺悔すれば罪きへぬ。所謂、粟をつみたりし比丘は、五百生が間牛となる。瓜をつみし者は三悪道に堕ちにき。羅摩王・抜提王・毘楼真王・那睺沙王・迦帝王・毘舎佉王・月光王・光明王・日光王・愛王・持多人王等の八万余人の諸王は、皆父を殺して位につく。善知識にあはざれば罪きへずして阿鼻地獄に入りにき。波羅奈城に悪人あり、其の名をば阿逸多という。母をあひせしゆへに父を殺し妻とせり。父が師の阿羅漢ありて教訓せしかば阿らかむを殺す。
 

平成新編御書 ―962㌻―

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