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『報恩抄』


(★1020㌻)
 さヽへ顕はす智人なし。かるがゆへになのめなりき。譬へば師子のねぶれるは手をつけざればほへず。迅き流れは櫓をさヽへざれば波たかヽらず。盗人はとめざればいからず。火は薪を加へざればさかんならず。謗法はあれどもあらわす人なければ国もをだやかなるににたり。例せば日本国に仏法わたりはじめて候ひしに、始めはなに事もなかりしかども、守屋仏をやき、僧をいましめ、堂塔をやきしかば、天より火の雨ふり、国にはうさうをこり、兵乱つヾきしがごとし。此はそれにはにるべくもなし。謗法の人々も国に充満せり。日蓮が大義も強くせめかヽる。修羅と帝釈と、仏と魔王との合戦にもをとるべからず。金光明経に云はく「時に隣国の怨敵是くの如き念を興さん。当に四兵を具して彼の国土を壊るべし」等云云。又云はく「時に王見已はって、即ち四兵を厳ひて彼の国に発向し、討罰を為さんと欲す。我等爾の時に、当に眷属無量無辺の薬叉諸神と各形を隠して為に護助を作し、彼の怨敵をして自然に降伏せしむべし」等云云。最勝王経の文、又かくのごとし。大集経云云。仁王経云云。此等の経文のごときんば、正法を行ずるものを国主あだみ、邪法を行ずる者のかたうどせば、大梵天王・帝釈・日月・四天等・隣国の賢王の身に入りかわりて其の国をせむべしとみゆ。例せば訖利多王を雪山下王のせめ、大族王を幻日王の失ひしがごとし。訖利多王と大族王とは月氏の仏法を失ひし王ぞかし。漢土にも仏法をほろぼしヽ王、みな賢王にせめられぬ。これは彼にはにるべくもなし。仏法のかたうどなるやうにて、仏法を失ふ法師のかたうどをするゆへに、愚者はすべてしらず。智者なんども常の智人はしりがたし。天も下劣の天人は知らずもやあるらん。されば漢土・月氏のいにしへのみだれよりも大きなるべし。
  法滅尽経に云はく「吾般泥洹の後、五逆濁世に、魔道興盛し、魔沙門と作って吾が道を壊乱せん。乃至悪人転多く海中の沙の如く、善者は甚だ少なくして、若しは一、若しは二」云云。涅槃経に云はく「是くの如き等の涅槃経典を信ずるものは、爪上の土の如し。乃至是の経を信ぜざるものは、十方界の所有の地土の如し」等云云。
 

平成新編御書 ―1020㌻―

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