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『秀句十勝抄』


(★1344㌻)
 又経の偈に云はく「諸余の経典の数恒沙の如し」と○夫円経の心を発こして書持すること得難し。東隅の一公法華の中を制書し、法華の釈氏、大律儀を断ず。是則ち難しとなす。深く信じ恐るべし○夫円融の三諦を解し、暫くも法華経を読みたてまつるは濁悪の世の中に其の人極めて得難し。今の時法華を読むもの其の数忽ちに多きに似たり。然りと雖も即身に六根清浄の果無きは未だ円融の三諦を解了せざるに由る。故に難は則ち法華を指すなり○又云はく、夫円融の三諦は一乗の本法なり。持ち難く説き難し、所化も得ること難し。一人の為にも説けば仏種断ぜず。是則ち難しと為す。難は則ち法華を指すなり○当に知るべし○未顕真実の八万法蔵十二部経は是妙法ならず。是の故に易しと為すなり○夫仏知仏見は其の義解し難く、体内の権実は機に非ざれば信ぜず。是の故に法華を聴受し其の義趣を問ふは是則ち難しと為す。難は則ち法華を指すなり○夫当代に説法すれども、未だ一人をして羅漢を証得せしめず。何に況んや二・三・四・五・六・七人をや。何に況んや無量無数の恒沙の衆生に阿羅漢を得せしめんをや。而るに小乗の威儀に執して法華の制に順ぜず、大乗の威儀を奪って但両聚の戒を許せり。寧んぞ大小権実の義を解了する者ならんや。既に得果の阿羅漢を挙げて「是の益有りと雖も未だ難しと為ず」といへり。何ぞ固く其の威儀に執して、万億の行者を小道に引かんや。小乗の持戒は即ち菩薩の煩悩なりとは蓋し此の事を謂ふか。但し小儀に執せざるを除くなり。
  又云はく、他宗所依の経は未だ九易の局りを出でず。天台法華宗のみ独り六難の頂に居す。誰か智有らん者経文を別たざらんや。是くの如き等の校量の付嘱は他宗の経に無き所にして唯法華経にのみ有り○浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり。浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり。天台大師は釈迦に信順して法華宗を助けて震旦に敷揚し、叡山の一家は天台に相承して法華宗を助けて日本に弘通す。夫玄賛の家は法華の旨を会して唯識の義に帰す。是則ち唯識の宗を弘めて法華を弘めず。無相の家は法華の旨を会して無相の義に帰す。
 

平成新編御書 ―1344㌻―

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