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『上野殿御返事』
(★1349㌻)後
№0355
上野殿御返事 弘安元年 五七歳
餅九十枚・薯蕷五本、わざと御使ひをもって正月三日ひつじの時に、駿河の国富士郡上野郷より甲州波木井の郷身延山のほらへおくりたびて候。
夫海辺には木を財とし、山中には塩を財とす。旱魃には水をたからとし、闇中には灯を財とす。女人はをとこを財とし、をとこは女人をいのちとす。王は民ををやとし、民は食を天とす。この両三年は日本国の内に大疫起こりて人半分げんじて候上、去年の七月より大なるけかちにて、さといちのむへんのものと山中の僧等は命存しがたし。其の上日蓮は法華経誹謗の国に生まれて威音王仏の末法の不軽菩薩のごとし。
平成新編御書 ―1349㌻―
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