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『松野殿後家尼御前御返事』


(★1356㌻)
  されば思ひよらせ給へ。仏、月氏国に出でさせ給ひて一代聖教を説かせ給ひしに、四十三年と申せしに始めて法華経を説かせ給ふ。八箇年が程、一切の御弟子皆如意宝珠のごとくなる法華経を持ち候ひき。然れども日本国と天竺とは二十万里の山海をへだてゝ候ひしかば、法華経の名字をだに聞くことなかりき。釈尊御入滅ならせ給ひて、一千二百余年と申せしに漢土へ渡し給ふ。いまだ日本国へは渡らず。仏滅後一千五百余年と申すに、日本国の第三十代欽明天皇と申せし御門の御時、百済国より始めて仏法渡る。又上宮太子と申せし人、唐土より始めて仏法渡させ給ひて、其より以来今に七百余年の間、一切経並びに法華経はひろまらせ給ひて、上一人より下万人に至るまで、心あらむ人は法華経を一部、或は一巻、或は一品持ちて或は父母の孝養とす。されば我等も法華経を持つと思ふ。しかれども未だ口に南無妙法蓮華経とは唱へず。信じたるに似て信ぜざるが如し。譬へば一眼の亀のあひがたき栴檀の聖木にはあいたれども、いまだ亀の腹を穴に入れざるが如し。入れざればよしなし、須臾に大海にしづみなん。我が朝七百余年の間、此の法華経弘まらせ給ひて、或は読む人、或は説く人、或は供養せる人、或は持つ人、稻麻竹葦よりも多し。然れどもいまだ阿弥陀の名号を唱ふるが如く南無妙法蓮華経とすゝむる人もなく唱ふる人もなし。一切の経、一切の仏の名号を唱ふるは凡木にあうがごとし。未だ栴檀ならざれば腹をひやさず、日天ならざれば甲をもあたゝめず。但目をこやし、心を悦ばしめて実なし。華さいて菓なく、言のみ有りてしわざなし。
  但日蓮一人ばかり日本国に始めて是を唱へまいらする事、去ぬる建長五年の夏のころより今に二十余年の間、昼夜朝暮に南無妙法蓮華経と是を唱ふる事は一人なり。念仏申す人は千万なり。予は無縁の者なり。念仏の方人は有縁なり、高貴なり。然れども師子の声には一切の獣声を失ふ。虎の影には犬恐る。日天東に出でぬれば、万星の光は跡形もなし。法華経のなき所にこそ弥陀念仏はいみじかりしかども、南無妙法蓮華経の声出来しては、
 

平成新編御書 ―1356㌻―

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