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『上野殿御返事』
(★1359㌻)
両の足ばかり地獄にいらず。獄卒鉄杖をもってうてどもいらず。是は法華経をふみし逆縁の功徳による。今日蓮をにくむ故に、せうぼうが第五の巻を取りて予がをもてをうつ、是も逆縁となるべきか。彼は天竺此は日本、かれは女人これはをとこ、かれは両のあしこれは両の手、彼は嫉妬の故此は法華経の御故なり。されども法華経の第五の巻はをなじきなり。彼の女人のあし地獄に入らざらんに、此の両の手無間に入るべきや。たゞし彼は男をにくみて法華経をばにくまず。此は法華経と日蓮とをにくむなれば一身無間に入るべし。経に云はく「其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云。手ばかり無間に入るまじとは見へず、不便なり不便なり。ついには日蓮にあひて仏果をうべきか。不軽菩薩の上慢の四衆のごとし。
夫第五の巻は一経第一の肝心なり。竜女が即身成仏あきらかなり。提婆はこゝろの成仏をあらはし、竜女は身の成仏をあらはす。一代に分絶へたる法門なり。さてこそ伝教大師は法華経の一切経に超過して勝れたる事を十あつめ給ひたる中に、即身成仏化導勝とは此の事なり。此の法門は天台宗の最要にして即身成仏義と申して文句の義科なり。真言・天台の両宗の相論なり。竜女が成仏も法華経の功力なり。文殊師利菩薩は「唯常宣説妙法華経」とこそかたらせ給へ。唯常の二字は八字の中の肝要なり。菩提心論の「唯真言法中」の唯の字と、今の唯の字といづれを本とすべきや。彼の唯の字はをそらくはあやまりなり。無量義経に云はく「四十余年未だ真実を顕はさず」と。法華経に云はく「世尊の法久しくして後要ず当に真実を説きたまふべし」と。多宝仏は「皆是真実なり」とて、法華経にかぎりて即身成仏ありとさだめ給へり。爾前経にいかやうに成仏ありともとけ、権宗の人々無量にいひくるふとも、たゞほうろく千につち一つなるべし。「法華折伏破権門理」とはこれなり。尤もいみじく秘奥なる法門なり。又天台の学者、慈覚よりこのかた玄・文・止の三大部の文をとかくれうけんし義理をかまうとも、去年のこよみ昨日の食のごとし。けうの用にならず。末法の始めの五百年に、
平成新編御書 ―1359㌻―
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