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『新池殿御消息』


(★1364㌻)
 其れより東海の中に小島あり、日本国是なり。中天竺よりは十万余里の東なり。仏教は仏滅度後、正法一千年が間は天竺にとゞまりて余国にわたらず。正法一千年の末、像法に入って一十五年と申せしに漢土へ渡る。漢土に三百年すぎて百済国に渡る。百済国に一百年、已上一千四百年と申せしに、人王三十代欽明天皇の御宇に、日本国に始めて釈迦仏の金銅の像と一切経は渡りて候ひき。今七百余年に及び候。其の間一切経は五千余巻或は七千余巻なり、宗は八宗九宗十宗なり。国は六十六箇国、二つの島。神は三千余社、仏は一万余寺なり。男女よりも僧尼は半分に及べり。仏法の繁昌は漢土にも勝れ、天竺にもまされり。
  但し仏法に入って諍論あり。浄土宗の人々は阿弥陀仏を本尊とし、真言の人々は大日如来を本尊とす。禅宗の人々は経と仏とをば閣きて達磨を本尊とす。余の人々は念仏者真言等に随ヘられ、何れともなけれども、つよきに随ひ多分に押されて、阿弥陀仏を本尊とせり。現在の主師親たる釈迦仏を閣きて、他人たる阿弥陀仏の十万億の他国へにげ行くべきよしをねがはせ給ひ候。阿弥陀仏は親ならず、主ならず、師ならず。されば虚言の四十八願を立て給ひたりしを、愚かなる人々実と思ひて、物狂はしく金拍子をたゝき、おどりはねて念仏を申し、親の国をばいとひ出でぬ。来迎せんと約束せし阿弥陀仏の約束の人は来たらず。中有のたびの空に迷ひて、謗法の業にひかれて三悪道と申す獄屋へおもむけば、獄卒阿防羅刹悦びをなし、とらへからめてさひなむ事限りなし。
  これをあらあら経文に任せてかたり申せば、日本国の男女四十九億九万四千八百二十八人ましますが、某一人を不思議なる者に思ひて、余の四十九億九万四千八百二十七人は皆敵と成りて、主師親の釈尊をもちひぬだに不思議なるに、かへりて或はのり、或はうち、或は処を追ひ、或は讒言して流罪し死罪に行なはるれば、貧なる者は富めるをへつらひ、賤しき者は貴きを仰ぎ、無勢は多勢にしたがう事なれば、適法華経を信ずる様なる人々も、世間をはゞかり人を恐れて、多分は地獄へ堕つる事不便なり。
 

平成新編御書 ―1364㌻―

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