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『曾谷殿御返事』


(★1383㌻)
 此の時外道のいのりをとゞめて仏教にをほせつけられけり。其の時馬鳴菩薩と申す小僧一人あり。めしいだされければ、此の僧の給はく、国中に外道の邪法をとゞめて、仏法を弘通し給ふべくば、馬をなかせん事やすしといふ。勅宣に云はく、をほせのごとくなるべしと。其の時馬鳴菩薩、三世十方の仏にきしゃうし申せしかば、たちまちに白鳥出来せり。白馬は白鳥を見て一こへなきけり。大王馬の声を一こへきこしめして眼を開き給ひ、白鳥二ひき乃至百千いできたりければ、百千の白馬一時に悦びなきけり。大王の御いろなをること、日しょくのほんにふくするがごとし。身の力、心のはかり事、先々には百千万ばいこへたり。きさきもよろこび、大臣公いさみて、万民もたな心をあはせ、他国もかうべをかたぶけたりとみへて候。
  今のよも又是にたがうべからず。天神七代・地神五代、已上十二代は成劫のごとし。先世のかいりきと福力とによて、今生のはげみなけれども、国もおさまり人の寿命も長し。人王のよとなりて二十九代があひだは、先世のかいりきもすこしよはく、今生のまつり事もはかなかりしかば、国にやうやく三災七難をこりはじめたり。なをかんどより三皇五帝の世ををさむべきふみわたりしかば、其れをもて神をあがめて国の災難をしづむ。人王第三十代欽明天王の世となりて、国には先世のかいふくうすく、悪心がうじゃうの物をほく出で来て、善心はをろかに悪心はかしこし。外典のをしへはあさし、つみもをもきゆへに、外典すてられ内典になりしなり。れいせば、もりやは日本の天神七代・地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて、仏教をひろめずしてもとの外典となさんといのりき。聖徳太子は教主釈尊を御本尊として、法華経・一切経をもんじょとして、両方のせうぶありしに、ついには神はまけ仏はかたせ給ひて、神国はじめて仏国となりぬ。天竺・漢土の例のごとし。「今此三界皆是我有」の経文あらはれさせ給ふべき序なり。
  欽明より桓武にいたるまで二十余代、二百六十余年が間、仏を大王とし、神を臣として世ををさめ給ひしに、
 

平成新編御書 ―1383㌻―

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