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『曾谷殿御返事』


(★1385㌻)
 いたう法華経に大日経すぐれたりといふ事はいはざりけるが、伝教大師去ぬる弘仁十三年六月四日にかくれさせ給ひてのち、ひまをえたりとやをもひけん、弘法大師去ぬる弘仁十四年正月十九日に、真言第一・華厳第二・法華第三、法華経は戯論の法、無明の辺域、天台宗等は盗人なりなんど申す書どもをつくりて、嵯峨の皇帝を申しかすめたてまつりて、七宗に真言宗を申しくはえて、七宗を方便とし、真言宗は真実なりと申し立て畢んぬ。其の後日本一州の人ごとに真言宗になりし上、其の後、又伝教大師の御弟子慈覚と申す人、漢土にわたりて天台・真言の二宗の奥義をきはめて帰朝す。此の人金剛頂経・蘇悉地経の二部の疏をつくりて、前唐院と申す寺を叡山に申し立て畢んぬ。此には大日経第一・法華経第二、其の中に弘法のごとくなる過言かずうべからず。せむぜむにせうせう申し畢んぬ。智証大師又此の大師のあとをついで、をんじゃう寺に弘通せり。たうじ、寺とて国のわざはいとみゆる寺是なり。叡山の三千人は慈覚・智証をはせずば、真言すぐれたりと申すをばもちいぬ人もありなん。円仁大師に一切の諸人くちをふさがれ、心をたぼらかされて、ことばをいだす人なし。王臣の御きえも又伝教・弘法にも超過してみへ候へば、えい山・七寺、日本一州一同に法華経は大日経にをとりと云云。法華経の弘通の寺々ごとに真言ひろまりて、法華経のかしらとなれり。かくのごとくしてすでに四百余年になり候ひぬ。やうやく此の邪見ぞうじゃうして八十一乃至五の五王すでにうせぬ。仏法うせしかば王法すでにつき畢んぬ。あまさへ禅宗と申す大邪法、念仏宗と申す小邪法、真言と申す大悪法、此の悪宗はなをならべて一国にさかんなり。天照太神はたましいをうしなって、うぢこをまぼらず、八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず、けっくは他国の物とならむとす。日蓮此のよしを見るゆへに「仏法中怨、倶堕地獄」等のせめをおそれて、粗国主にしめせども、かれらが邪義にたぼらかされて信じ給ふ事なし。還って大怨敵となり給ひぬ。法華経をうしなふ人国中に充満せりと申せども、人しる事なければ、たゞぐちのとがばかりにて有りしが、今は又法華経の行者出来せり。
 

平成新編御書 ―1385㌻―

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