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『日女御前御返事』


(★1388㌻)
 一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる。是を本尊とは申すなり。経に諸法実相と云ふは是なり。妙楽云はく「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如乃至十界は必ず身土」云云。又云はく「実相の深理、本有の妙法蓮華経」等云云。伝教大師云はく「一念三千即自受用身、自受用身とは出尊形の仏なり」文。此の故に末曽有の大曼荼羅とは名付け奉るなり。仏滅後二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云ふ事なり。
  かゝる御本尊を供養し奉り給ふ女人、現在には幸ひをまねき、後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて、闇に灯の如く、険難の処に強力を得たるが如く、彼こへまはり、此へより、日女御前をかこみまぼり給ふべきなり。相構へ相構へて、とわりを我家へよせたくもなき様に、謗法の者をせかせ給ふべし。「悪知識を捨て善友に親近せよ」とは是なり。此の御本尊全く余所に求むる事なかれ。只我等衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり。十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり。之に依って曼陀羅とは申すなり。曼陀羅と云ふは天竺の名なり、此には輪円具足とも功徳聚とも名づくるなり。
  此の御本尊も只信心の二字にをさまれり。以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等「正直捨方便」「不受余経一偈」と無二に信ずる故によて、此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり。たのもしたのもし。如何にも後生をたしなみ給ふべし、たしなみ給ふべし。穴賢。南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり。信心の厚薄によるべきなり。仏法の根本は信を以て源とす。されば止観の四に云はく「仏法は海の如し、唯信のみ能く入る」と。弘決の四に云はく「仏法は海の如し、唯信のみ能く入るとは、孔丘の言尚信を首と為す、況んや仏法の深理をや。信無くして寧ろ入らんや。故に華厳に信を道の元、功徳の母と為す」等。
 

平成新編御書 ―1388㌻―

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