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『伯耆殿御返事』


(★1399㌻)
 №0382
     伯耆殿御返事    弘安二年一〇月一二日  五八歳
 
  大体此の趣を以て書き上ぐべきか。但し熱原の百姓等安堵せしめば、日秀等別に問注有るべからざるか。大進房・弥藤次入道等の狼藉の事に至っては、源行智の勧めに依りて殺害刃傷する所なり。若し又起請文に及ぶべき事之を申さば全く書くべからず。其の故は、人に殺害刃傷せられたる上、重ねて起請文を書き失を守るは古今未曽有の沙汰なり。其の上、行智の所行書かしむる如くならば身を容るゝ処なく行ふべきの罪方無きか。穴賢穴賢。此の旨を存じ、問注の時強々と之を申せ。定めて上聞に及ぶべきか。又行智証人を立て申さば、彼等の人々行智と同意して百姓等が田畠数十苅り取る由之を申せ。若し又証文を出ださば謀書の由之を申せ。悉く証人の起請文を用ゆべからず。但現証の殺害刃傷のみ。若し其の義に背く者は日蓮の門家に非ず日蓮の門家に非ず。恐々謹言。
   弘安二年十月十二日                 日蓮花押    
  伯耆殿
    日秀
    日弁等へ下(くだ)す
 

平成新編御書 ―1399㌻―

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